2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年9月19日

 9月4日、林鄭月娥・香港行政長官は「逃亡犯条例」改正案を正式に撤回すると発表した。しかし、香港の問題はこれで解決とはならず、抗議運動は続いている。今回の香港の抗議運動は、俳優ブルース・リーの言(1971年)に倣って「ウォーター・レボルーション(水革命)」と呼ばれるようだ。 

2019年6月9日、引き渡し法案への大規模なデモ
(LewisTsePuiLung/iStock Editorial / Getty Images Plus)

 条例改正案の正式撤回は歓迎されるが、デモ参加者からは、「遅きに失したし、不十分な対応である」との声も聞かれた。抗議運動側は、五大要求を打ち出している。①逃亡犯条例案の完全撤回、②警察の暴力的制圧の責任追及と独立調査委員会の設置、③デモ「暴動」認定の撤回、④デモ参加者の逮捕・起訴の中止及び⑤林鄭月娥の辞任と民主的選挙の実現である。 

 逃亡犯引き渡し条例改正案の撤回という中国共産党の譲歩は、10月1日の国慶節を控えての対策という意味合いもあったのだろう。中国政府は一定の譲歩はしたが、中国側もこれで終わるようには思えない。中国共産党は、基本的に強硬に対処すべきと考えているものと思われる。今後、中国共産党がデモ隊に如何に対応するか、参加者の処罰中止や民主選挙の実現などデモ隊側の要求にいかに応じるかなど、基本的な問題が残っている。深圳には武装警察や人民解放軍が集結しているとの報道もあるが、どうなるのか。

 菅官房長官は、9月2日、香港の状況について「大変憂慮している」、「平和的な話し合いにより事態が早期に収拾されることを強く期待している」と述べた。 

 一つ注意を引いた報道がある。香港で2014年に起きた民主化デモ「雨傘運動」の学生リーダー黄之鋒が、9月3日に台湾を訪問し、香港への支持を呼び掛けたという。 

 なお、逃亡犯条例改正案の撤回を行政長官が正式に発表した日と同じ9月4日、キャセイパシフィック航空の会長が退任を発表した。キャセイパシフィック航空は、8月中旬にCEOが辞任したばかりである。同社の職員が、今回、大規模デモに参加したことに対する中国政府の圧力が続いているのであろう。

 中国政府の企業に対する圧力は、キャセイパシフィック航空に限ったことではない。その他の企業にも向けられている。当初、従業員のデモへの参加を黙認する企業は多かったが、中国共産党の風圧に耐えられず、苦渋の決断を迫られている。 

 8月22日、HSBCとStandard Chartered銀行は抗議デモについての沈黙を破り、地元紙に全面広告を掲載した。HSBCは抗議デモには中立を貫くことを試みたようであるが、香港に収益の半分を頼り、中国市場に今後の成長を頼る HSBCとしては風圧に耐え得なかったようである。広告は抗議デモの現状を懸念し、暴力を非難し、問題の平和的解決を支持すると述べている。Standard Chartered は暴力を止め、秩序を回復することを求めるとともに、「一国二制度」を支持し、秩序維持に当たる香港政府を支持すると述べている。 

 キャセイパシフィック航空の幹部や従業員に対する中国政府の襲撃は、先例のない速度と規模だったようである。従業員のデモ参加がフライトの安全を害するというのは馬鹿げた言い掛かりだが、民用航空局が中国向けフライトにデモに参加あるいはデモを支持した従業員の乗務を禁じるに至り、キャセイは2人のパイロットを含む4人の従業員を解雇した。2つの国営銀行による圧力の行使もあった。8月16日、キャセイはCEOのルパート・ホッグの辞任を発表した。  

 問題は香港のデモだけではない。去る2月、駐英中国大使の劉暁明(Liu Xiaoming)は HSBCのCEOジョン・フリントを大使館に呼んで、HuaweiのCFO孟晩舟(Meng Wanzhou)の逮捕と起訴に至る経過におけるHSBCの役割を難詰したという。フリントは、2017年当時HSBCは米国司法省の監視下にあり、関連文書を提供せざるを得なかったと弁明したという。その弁明が通じたかどうかは不明である。先月、環球時報はHSBCが、中国が準備中の「信頼の置けないエンティティ(unreliable entity)」リスト(米国の輸出規制のための「エンティティ・リスト」に対応するもの)に登載される可能性があると報じた由である。 

 このように、キャセイだけではなく、中国共産党の機嫌を損ねた企業は、何等かの圧力を受ける。最近、Versace、Coach、Givenchy等の高級ブランド企業は、香港と中国を別扱いしているように見えるTシャツを販売したことについて、中国に謝罪をしなければならなかった。 

 今回の香港の事案と通じ、共産党がなりふり構わずその支配権を行使し、その本性を露呈するに至って、これまでも常に存在していた政治的、経済的、社会的リスクが急速に顕在化して来ている。

  
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