中国本土への犯罪容疑者の引き渡しを可能にする「逃亡犯引き渡し条例」改正案に反対する香港のデモは、依然として勢いを保っているようである。7月1日には、暴徒化したデモ参加者の一部が立法会(議会)の建物に侵入、一時的に占拠したほか、破壊行為にも及んだ。また、これまでデモは香港島で行われていたが、7月7日には中国本土側の九竜半島においても初めてデモが実施された。九竜半島でのデモには、主催者発表で23万人が参加したという。こうした動きが、香港における言論の自由への危機感を示していることは言うまでもない。
香港当局は、一連のデモを受け、条例改正の無期限延期、事実上の廃案を発表している。しかし、抗議者の側は、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任を求めている。どのように矛を収めるつもりなのか、慎重さが求められる。ラム長官が辞任すれば、さらに親中の人物が長官になることも予想される。
今回のデモは、完全に非暴力、平和的に行われてきたことに極めて高い価値があった。しかし、7月1日の暴徒化は、デモの道徳性に疵をつけ、中国政府に弾圧の口実を与えた可能性がある。英国はハント外相が香港の自由を守るべしと強い表現で求めてきたが、7月3日、劉暁明・駐英中国大使は、ここぞとばかりに「ハント外相が自由を語るのは完全な間違いである、これは自由の問題ではなく香港における法違反の問題である」と非難した。つまり、香港のデモは自由を希求する崇高なものではなく治安を乱す違法行為であるとの印象を国際社会に強くアピールしようとしている。
米英の論調にも、懸念を表明するものが出てきている。英フィナンシャル・タイムズ紙は‘Hong Kong stands at a perilous turning point’(危険な岐路に立つ香港)と題する社説を7月3日付で掲載、双方に対し自制を促している。また、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の7月2日付け社説‘A Hong Kong Setback:China will use public disorder against the cause of local autonomy.’も、暴徒化が中国政府の口実になると指摘するとともに、破壊と無秩序が従来デモを支持してきた香港住民と香港の経済界をデモから遠ざけることになり得る、と指摘する。このウォール・ストリート・ジャーナル紙の指摘は重要で、かつて、2014年の雨傘運動(行政長官の普通選挙を求めた)は、一般の香港住民と経済界の支持を得られず挫折した。
今後の中国政府の対応ぶりであるが、香港の1国2制度を有名無実化する努力を緩めることは、まず、考えられない。中国政府が、香港の経済界に対しては、懐柔策を施し、デモに対する支持をそぐことは、容易に予想される。国際社会に対しては、引き続き一部の暴徒化を針小棒大に報じるなどして、デモの道徳性を貶めようとするであろう。上記ウォール・ストリート・ジャーナル社説は、「必要とあらば暴徒などを用いてトラブルを起こすことを躊躇しない」とも指摘し、暴徒化に中国政府が間接的であれ何らかの関与をしている可能性を示唆している。中国政府の意を受けた分子がデモに入り込んで工作をするということは、あり得ない話ではない。よく観察していく必要がある。
国際社会としては、確かに、デモの一部が暴徒化したことは遺憾であるが、香港において自由が守られるよう求めることを放棄しないことが望まれる。英国の中国批判、あるいは、6月に米上院に提出された香港の1国2制度を守るべく圧力をかける「香港人権・民主主義法案」のような取り組みは、効果のほどに関わらず継続されるべきであろう。強権的な中国のやり方とは異なり、自由という価値観の擁護を示すこと自体が重要である。
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