香港当局は、「逃犯条例」(犯罪人引渡し法)の改正を提案、犯罪容疑者の中国本土、マカオ、台湾への引き渡しを可能にしようとしている。香港当局は、7月までに同改正をすることを目指している。
現在の「逃犯条例」では、当該国との間に犯罪人引渡し条約がない場合には、引渡しは行政長官(中国政府が任命する)がケース・バイ・ケースで判断する。過去20年程の間、中国と香港との間で引渡し条約の協議が行われて来たが、進展はない。以下に述べるように、「逃犯条例」が改正されると行政長官の判断で中国本土への引渡しも可能となる。そうなると、中国政府による反体制派、ジャーナリスト、人権活動家に対する追跡が、制約を受けずに可能になると思われる。それで、香港では、条例改正に反対する大規模デモが起きたり、議会でも民主派議員が激しく反発し衝突するなどしている。
香港当局が「逃犯条例」の改正を提案するに至ったきっかけは台湾のケースだということになっている。2018年2月に19歳の香港人男子学生が交際相手である20歳の香港人女子学生を台湾旅行中に殺害し香港へ逃亡した。女子学生の遺体は3月に台湾で発見され、容疑者の男子学生は香港内で逮捕されたが、香港では「死亡した交際相手の銀行カード、スマートフォン、カメラや現金などの持ち物を所持していた」ことで起訴されたにとどまる。台湾では殺人容疑がかけられているが、香港から台湾に男子学生を引渡す手段はない。現行の「逃犯条例」には「香港以外の中国その他の地方にはこの条例を適用しない」ことが規定されており、したがって、台湾(この場合、中国の一部との扱い)には引渡すことが出来ないという訳である。問題になっている改正案は「逃犯条例」からこの規定を削除するものらしい。これによって、中国本土、台湾、マカオへの犯罪人引渡しの道が開けることになる。
この改正案に対して香港で恐怖が抱かれる理由は完全に理解出来る。香港には汚職のような罪で追われている300人を超える中国人が潜んでいるという事情はあるらしい。しかし、逃犯条例が利用され、反体制派、人権活動家、ジャーナリストなど、中国の気に入らない人士が色々な理由をでっち上げられて拘束され、中国に引渡される事態は容易に想像し得る。
香港当局は、政治的動機に基づく引渡しはないと保証すると言っている。重大な犯罪のみに対象を限定し、9つの経済犯罪は対象から除外した。それでも反対の声は収まらないであろう。
中国と犯罪人引渡し条約を有する国は40程度あるらしい。しかし、先進民主主義国は殆ど含まれていない。例外はフランス、イタリア、スペイン、韓国である。香港から中国への引き渡しが可能になれば、地域のビジネス展開の拠点としての香港の魅力を減じることになるであろう。
中国外務省の報道官が、英中共同宣言は「最早如何なる実際的な重要性も有しない」と言い放ったのは、返還20周年を前にした2017年6月30日のことである。思わず本音が漏れたということかも知れない。4月には、2014年の雨傘運動の指導者9名に対する有罪判決が出されている。自由な言論と集会を痛めつけ、民主主義運動を排除するだけの目的で彼等は有罪とされたのである。「一国二制度」の約束はゆっくりと、しかし、確実に消滅しつつある。
そして、この「一国二制度」の事実上の崩壊過程を、台湾人が注視していることは想像に難くない。今年1月の演説で習近平国家主席は台湾を「一国二制度」の枠組みで統一すると明言した。台湾では中台統一を目指しているとされる郭台銘・鴻海精密工業が国民党からの総統選出馬を表明し、大きな話題となっている。台湾人が香港での「一国二制度」の運用ぶりを目の当たりにして、改めて警戒を強めることになるのかどうか、注目される。
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