2024年11月5日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年11月28日

 11月7日付の英エコノミスト誌は、フランスのマクロン大統領とのインタビュー記事を掲載している。マクロン大統領は、エコノミスト誌とのインタビューで、今後の欧州についてのビジョンを描き出している。その内容は衝撃的なものであり、簡単に言えば、米国は頼りにならないから、自主防衛、自立でいくべし、という論である。トランプ大統領の対欧州姿勢などから、こういう主張をするマクロンの感情面の背景は理解できるが、このビジョンがよく考え抜かれたものとは思えず、その実現可能性もかなり低いと言わざるを得ない。

(Razvan/ONYXprj/iStock / Getty Images Plus)

 情勢判断の面からすると、いくつかの根拠なき断定がある。 マクロン大統領は、トランプの米国が米欧同盟に否定的であり、それはトランプが再選されるか否かにかかわらず続くと前提している。しかし、民主党の有力候補バイデンは、米国を再び世界で指導力を発揮する国にするとしている。米国のトランプ現象には、トランプの特異性と米国内での国際関与への疲労感という二つの背景があるが、トランプ後も今の米国の政策が続くと断定して、長期政策を考えるのは不適切である。

 NATO(北大西洋条約機構)は「脳死状態」という判断も根拠がない。欧州側からNATOに死亡宣告をするなど、どうかしている。NATOの基本目的は「Keep America in, keep Russia out, keep Germany down(米国を引き入れ、ソ連(ロシア)を排除し、ドイツを封じ込める)」と言われたが、NATOはその機能をよく果たしている。NATOが実際に脳死状態にあれば、プーチンは大喜びするだろうが、プーチンはそんなことを考えるほど、甘くはないだろう。ポーランドやバルト諸国を心配させる、このような発言は、何の役にも立たない上に、間違っている。 

 マクロンは、脳死状態のNATOに代わり、欧州独自の軍隊、政治的な主権を持った欧州を主張しているが、欧州はそういうものができる情勢にはない。イタリア、スペインは国内問題で忙しく、そんな話には乗ってこないだろう。英国は EUから離脱しようとしている。NATOをなくして、英国を欧州防衛にどう関与させられるのか、疑問に思う。ドイツは日本と同じく敗戦国の平和志向があり、フランスの構想に乗る気持ちはないのではないか。 

 こういう情勢判断面での難点があるほか、政策面から言うと、今まで有効に機能してきた制度を壊す前には、それに代替する制度、構想の準備をしておく必要がある。それなくして、これまでの制度を壊すことは、さらなる混乱を招くだけである。 

 今年、フランスで開催されたG7サミットにおけるフランス政府の取り仕切りなどからみて、マクロン大統領は、まもなく政権を去るドイツのメルケル首相に代わり、また、英国がBrexitでもめている中、欧州の指導者になりうるし、核保有国の指導者でもあると期待されていた。しかし、今回のインタビュー内容を読み、その期待は間違っていたのかと感じざるを得ない。 

 特に、米国を離れ、ロシアとのデタントを目指すような姿勢には、失望の念を禁じ得ない。米中の仲介役というのも、米欧と中国の価値観が違う中で、どんな仲介ができるか、よくわからない。

  
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