2024年4月20日(土)

ベストセラーで読むアメリカ

2020年1月23日

『Catch and Kill』筆者Ronan Farrow、
出版社Little, Brown

イスラエルで興隆するサービス

 本稿では、金持ちによる諜報作戦というテーマに絞って、もう少し内容を紹介したい。実は、イスラエルでは、いわゆるインテリジェンスに関するサービスを提供する産業が興隆しているという。

In the 2000s, Israel became a hotbed for such firms. The country's mandatory military service, and the legendary secrecy and accomplishment of its intelligence agency, Mossad, created a ready pipeline of trained operatives. The Israeli firms began emphasizing less conventional forms of corporate espionage, including “pretexting”: using operatives with false identities.

 「2000年代に、イスラエルはこうした会社を育てる格好の場となった。イスラエルでは兵役が義務付けられているうえ、伝説的な秘密主義と実績を誇る諜報機関モサドがあるおかげで、熟練した工作員をすぐに確保できた。イスラエルのこうした会社は、やや従来とは異なる産業スパイなどのサービスに力を入れ始めた。そこには、プリテキスティングという、工作員が別人になりすまして情報を収集する手法も含んだ」

 ワインスタイン陣営が雇ったイスラエルの調査会社はブラック・キューブ(Black Cube)という名の会社だった。イスラエルの諜報機関に勤めていた2人が2010年に始めた会社で、イスラエルの諜報機関だけでなくイスラエル軍にも深いパイプを持つ。

Black Cube’s workforce grew to more than a hundred operatives, speaking thirty languages. It opened offices in London and Paris and eventually moved its headquarters to a massive space in a gleaming tower in central Tel Aviv, behind a jet-black unmarked door. Inside, there were more unmarked doors, fingerprint readers sealing many of them.

 「ブラック・キューブの陣容は100人以上の工作員を抱える規模に膨らみ、30カ国語に対応できた。ロンドンとパリにもオフィスを構え、ついには本社をテルアビブ中心部のきらびやかなビルの大きなフロアーに移した。入口は何も表示がない真っ黒なドアだ。中に入ると、さらに何も表示がないドアがいくつも並び、ドアの多くは指紋認証をしないと開けられない」

 これだけでも十分に不気味だが、従業員は清掃員も含めすべて定期的にうそ発見器にかけられる。情報漏洩を防ぐためだ。民間の調査会社でありながら、これだけの人材を抱えている組織であれば、危ない橋も渡るのではないかと疑いたくなる。本書ではイスラエルの他の同業者の次のような解説も紹介する。

“It's impossible to do what they do without breaking the law.” The head of a competing Israeli private intelligence firm who'd had dealings with Black Cube told me, “More than fifty percent of what they do is illegal.” I asked him what to do if I suspected I was being followed, and he said, “Just start running.”

 「『法を破らずに彼ら(ブラック・キューブ)と同じことをやるのは不可能だ』。イスラエルの競合の民間調査会社のトップは語った。かつてブラック・キューブと取引したことがある業者だ。『彼らがやっていることの50%以上は違法だ』。もし自分が尾行されていると思ったらどうすべきかも聞いてみたら、『とにかく走り始めろ』と教えてくれた」

 そもそも、隠密行動をしていたブラック・キューブの関与が明るみに出た経緯もまた驚く。必死に取材を続ける筆者のもとに、ブラック・キューブの内部から匿名で情報をメールで送りつけてくる人物がある日、現れたのだ。ワインスタン陣営との間で結んだ調査業務に関する契約書や調査資料などが送られてきて、プロ集団による妨害工作が分かったのだ。

 ある新聞社による取材を妨害するために提供したサービスの請求書には、130万ドルという金額が記されていた。また、本物のジャーナリストを4万ドルのアルバイト料で4カ月間雇い、監視の対象者たちに取材と偽って接触して月に10件のインタビューをして、その結果を報告させるという契約書も出てきた。

 イスラエルの調査会社だけではない。ワインスタイン陣営は長年、アメリカの調査会社クロール(Kroll)を、スキャンダルのもみ消し工作のため起用してきた。アメリカのK2という調査会社も使っていた。この会社の従業員はすべて検察当局で働いた経験を持つという。当然ながら、現職の検察官とは太いパイプを持つ。


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