2024年4月19日(金)

ベストセラーで読むアメリカ

2018年8月29日

■今回の一冊■
Indianapolis
筆者 Lynn Vincent、Sara Vladic
出版社 Simon & Schuster

 アメリカのベストセラーを読んでいると、日本人である自分でさえ知らない日本人の名前が出てきて驚くことがある。今回とりあげる本書でも、そうした新鮮な驚きを体験できた。現代の日本ではほとんど語られることのなくなった大日本帝国海軍のある軍人が登場する。

 その軍人とは第二次世界大戦で、伊号第五十八潜水艦の艦長だった橋本以行(はしもと もちつら)だ。橋本が率いる伊58潜水艦は大戦末期の1945年7月に、アメリカ海軍の重巡洋艦インディアナポリスを魚雷で撃沈しフィリピン海の底に沈めた。本書はこの日本軍に撃沈された軍艦インディアナポリスと、その生き残った乗組員たちの名誉回復に向けた長年にわたる戦いを描くノンフィクションだ。

アメリカ海軍の歴史のなかで最悪の惨劇

『Indianapolis』(Lynn Vincent,Sara Vladic、Simon & Schuster)

 本書はニューヨーク・タイムズ紙の7月29日付の週間ベストセラーリストの単行本ノンフィクション部門に5位で初登場した。6週連続でランクインした9月2日付の番付でも11位につけた。日本では原爆の日や終戦記念日を迎え第二次大戦をめぐる話題をメディアがこぞって取り上げる同じ時期に、アメリカではまったく違う視点から第二次大戦の悲劇をとらえなおす本がベストセラーとなっていたのだ。

 おまけに、インディアナポリスは日本の運命を変えた軍艦だった。日本に投下する原子爆弾をテニアン島に運ぶ極秘任務を果たしたのがインディアナポリスだ。インディアナポリスは原爆を無事に目的地に届けた後、レイテ島に向かう途中、フィリピン海で撃沈された。沈没したインディアナポリスの約1200人の乗組員のうち、約300人しか助からなかった。アメリカ海軍の歴史のなかで最悪の惨劇とされる。

 しかも、上層部の不手際によりアメリカ海軍はインディアナポリスの沈没をすぐには把握できず、現場に救助隊を送るのが遅れた。5日近くフィリピン海を漂流している間に、多くの命が失われた。サメに命を奪われた兵士もいた。原爆を運ぶ極秘任務を成功させ戦争を終わらせる一助となったものの、インディアナポリスの艦長チャールズ・マクベイは終戦直後の軍法会議で沈没の責任を問われる。 

 橋本が率いる伊58潜水艦がインディアナポリスをフィリピン海で撃沈したのは大戦末期の45年7月30日だった。その時の橋本の心情について、本書は次のように書く。

 Now the war's end loomed and he wanted to bring home at least one major prize for the emperor. Not to do so would mean mentsu wo ushinau. He would lose face.

 「敗戦が濃厚となった今、橋本は天皇陛下のために、ひとつでもいいから大きな戦果を国にもたらしたかった。そうしなければ、メンツを失う、ことを意味する。つまり、面目をなくすことになる」


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