2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月6日

 1月15日、ホワイトハウスでトランプ大統領と劉鶴副首相は、「第一段階」の合意に署名した。貿易戦争の更なる悪化が当面避けられたことは安堵をもって迎えられたが、双方の高関税は維持されたままである。知的財産権の保護、為替操作など米国の要求に係わる一連の規定は盛り込まれたが、国の産業補助金と国有企業改革を巡る対立は持ち越しとなった。この合意を、実際に中国が遵守出来るかという問題もある。紛争解決という建前であるが、合意違反と見做せば一方的に対抗措置を取り得る仕組みが規定されており、対立激化のリスクと隣り合わせである。

The Washington Post/The Washington Post

 「第一段階」というが、次なる交渉の見通しはない。総じて先行きは不透明というのが大方の見方のようである。 

 この合意を受けて、米国は昨年12月に第4弾の残り1600億ドル分の対中輸入に対して予定していた追加関税の発動を見送っていたが、9月1日に発動した第4弾の1200億ドル分に課した15%の追加関税を7.5%に半減する。それ以前に2500億ドル分に課された25%の追加関税は、今後もそのまま維持される。 

 一驚を喫することは、この合意の一方的な性格である。すべて中国の負う義務を書き連ねたものである。この種の貿易協定は例がないのではないかと思われる。その義務の中には金融サービス分野の市場開放や規制緩和、あるいは技術移転の強制の禁止など、既に中国が講じた措置の焼き直しも含まれてはいるが、中国としては一方的な性格の合意を甘受しても、中国経済の止血を施す必要に迫られていたのであろう。 

 中国の負う義務には、対米輸入の大幅拡大もある。この部分が世間で最も喧伝されている。中国しかなし得ない種類の大きな買い物の約束を敢えてすることまでして、米国が不公正と非難する中国特有の政策あるいは慣行の改革をこの程度で収め得たということかも知れない。 

 中国は2020年と2021年の2年間のモノとサービスの対米輸入を、2017年の実績を少なくとも2000億ドル超える量とすることを約束した。2017年の実績は1800億ドルであるから、2年分では3600億ドルとなる。これを2000億ドル超える量は5600億ドルである。従って、中国は少なくとも55%増という桁違いの輸入増を約束したことになる。 

 この合意の最も大きな問題はこれである。まさしく米国のための「管理貿易」に他ならない。中国にしか出来ないことであるが、これ程の量の拡大は中国といえども簡単ではないかも知れない。「管理貿易」を中国に強いることになったのはトランプ大統領の恣意的な高関税である。トランプの真似が出来る国はないであろうが、トランプのお蔭で割りを食い、中国市場から大豆やLNGの輸出国が駆逐されることになり、「管理貿易」に不満を募らせることは大いにあり得ることである。一体、こういう状況が自由で無差別な貿易を守る筈のWTO体制と整合的である筈はない。 

 もう一つの問題は、トランプ大統領の次の標的は何処かである。新NAFTAは議会で超党派の支持を得て承認されるに至った。日本との貿易協定も成立した。中国との合意にトランプは満足の様子である。従って、矛先がEUに向けられる可能性は十分ある。大統領選挙に有利とトランプが見ればその可能性は高まる。米国が農産物を含む貿易交渉を要求しているのに対し、EUは2018年7月のユンケルとトランプの合意が農産物を排除していたことを盾にこれを拒否して来た。報道によれば、貿易担当委員ホーガンは行き詰りを打破するため衛生植物検疫に関連して農業で新たな譲歩を為す用意があると発言しているが、どれ程意味のあることか判らない。デジタル課税など他にも火種はある。EUとしては何とか今年を凌ぎ切ることが目標となろう。 

  
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