あの負けがあってこそ

2020年8月16日

»著者プロフィール

「吹いてみれば」が転機、レフリーへの道

高橋さん

 高橋が日体大のプレイングコーチとして指導をしていたとき、走れるようになってきた高橋に「吹いてみれば」とコーチの古賀千尋さんからホイッスルを渡された。

 「アタック&ディフェンスを吹かせてもらったのです。入院中にルールの再勉強をしていたので、それを生かせたということもあるのですが、レフリーの立場から見ると机上で学んだルールとは異なる複雑さを知りました。選手として見ていたものとも違います。それはラグビーのより深い魅力を知るきっかけにもなりました」

 その年(2011年)の冬、高橋はC級レフリーの資格を取得し、さらに、その翌年の夏にはB級レフリーの資格を取得している。

 ただ、この時点での目標はあくまでも日本代表への復帰にあった。そのためのトレーニングを積んだ。体力が戻りつつあった。気力にも自信があった。

 だが、厳しい現実が高橋の積極的な気持ちを挫いた。戻り切らない身体の感覚に追い打ちをかけるように、ワールドカップ予選に向けた日本代表候補の選考から漏れたのだ。その結果に代表復帰、ワールドカップ出場という夢が崩れていった。

 「怪我に始まって、手術とリハビリ、そして日本代表候補の選考落ち……。これで日本代表も引退かなという気持ちになりましたが、ここで気持ちを切り替えて、これからはプレイヤーとは違うかたちでトップを目指し、ラグビーを追求していこうとレフリーの道を選びました」

 レフリーとして初めて臨んだ公式戦は、なんとアメリカ・ヒューストンで行われた「2012 USA RUGBY COLLEGIATE SEVENS CHAMPIONSHIP」という7人制の大会だった。

 通常、国内での公式試合の実績を評価された後に海外という流れになるはずだが、異例中の異例だろう。高橋も「なぜだったのでしょう?」と笑って首を傾げる。

 それだけ期待値が高かったということだろうと想像する。

 その後はレフリーとしての階段を駆け上がっていく。2016年には国内では初の日本ラグビーフットボール協会公認女子A級レフリーに認定され、前後して2015年の「日本選手権」と2017年の「ジャパンラグビートップリーグ」で女性初のアシスタントレフリーを務めている。要請があれば全国各地に足を運び、幅広いカテゴリーの試合の笛を吹いてきた。その実績の積み重ねによって国内最高峰のマッチオフィシャルに選ばれたのだ。

 国際大会では、2017年に「女子アジアラグビーチャンピオンシップ」(15人制)でメインレフリーを務め、安定感のあるレフリングが高橋の存在感を際立たせた。

 最近のトピックスとしては昨年暮れの全国高校ラグビー(通称 花園)の1回戦で女性初のメインレフリーを務めたことだろう。

 「いろいろな試合を吹いてきましたが、私の強みは選手としての経験かなと思っています。選手のストレスにならないよう全体を見て、試合の流れを判断してコミュニケーションを図るようにしています」

女子レフリーの視点から

 最後に今後の目標と女子レフリーのけん引役としての使命を聞いた。

 「いま考える一番の目標は関東大学の一部リーグの笛を吹くことです。かなりハードルが高いとは思いますが、普及も含め女子レフリーの充実を図るにはそうした実績を作っていくことが大事だと思っています。

 東京オリンピックには何らかの形で関わりたいとは思いますが、笛を吹くというのは個人の力でどうにかなるものではありませんので目標として現実的とはいえません。

 いま自分がステップアップしていくことも大切ですが、女子ラグビーの国内の充実を図ることこそが今もっとも大事な取り組みだと思っています。

 現在女子ラグビーはオリンピック競技である7人制をメインのように考えているチームが多く大会も7人制が充実しています。ですが、いろいろなポジションがあって、誰もが参加できるラグビー本来の多様性という魅力は15人制でこそ味わえるものです。私は女子レフリーという視点から、ラグビー本来の魅力をもっと伝える機会を作っていきたいと思っています」

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る