Wedge REPORT

2021年1月18日

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宇沢弘文 (うざわ・ひろふみ)

日本学士院会員・東京大学名誉教授

1928年、鳥取県生まれ。東京大学理学部数学科を卒業。シカゴ大学教授、東京大学経済学部長を歴任。専門は公共経済学。97年に文化勲章を受章。著書に『宇沢弘文著作集│新しい経済学を求めて』(全12巻、岩波書店)など多数。

 Wedge2021年2月号特集『資本主義の転機 日本と世界は変えられる』で、ジャーナリストの佐々木実氏による『「資本主義の危機」を見抜いた宇沢弘文の慧眼』を掲載しております。Wedge2008年10月号でご寄稿いただいた記事を再掲します。

(Stiggdriver/gettyimages)
 今秋(編集部注・この記事は2008年時点のもの)、試行的に導入される排出権取引は、反社会的・非倫理的な制度である。過去の省エネ努力を加味することなく、当時の二酸化炭素排出実績に基づき各国に今日の排出量を割当ててしまった京都議定書がそもそもおかしい。経済的合理性と国際的公正性を考慮し、各国の持続可能な経済発展も可能とするもっとも有効な地球温暖化対策が「比例的炭素税」である。

省エネ対策に
尽力した国が
損をするおかしさ

 「福田ビジョン」で試行的導入が決定された二酸化炭素排出権取引市場は、京都会議で提起された温暖化対策のうち、もっとも喧伝され、また現実に実施されてきたものである。しかし、この制度ほど反社会的、非倫理的なものはないといってよい。

 二酸化炭素は植物の生育に不可欠な役割を果たし、すべての生命の営みの過程で大気中に放出され、また人間のすべての営みに重要な関わりをもつ。たまたま自らへの割当が必要とする量より多かったとき、それを排出権と称して、市場で売って儲けようとすること自体、倫理的な面からも、また社会正義の観点からも疑義なしとはしない。

 排出権取引市場の意味を明確にするために、2つの国A、Bを例にとって考えてみよう。まず、この2つの国の間で全排出量10億㌧が決まったとする。(じつは、この全排出量の枠をどう決めたらいいかという問題が地球温暖化対策を考えるとき、もっとも重要な、そして困難な問題である。というより、事前にその最適な大きさを決めることは本質的に不可能である。決して各国が自国の利益をむき出しにして交渉するような場で決めたり、あるいは具体的な政策ないしは制度の裏付けなしに単なる政治的なスローガンとして掲げるべきではない)。

 つぎに、各国への割当が交渉によって、A8億㌧、B2億㌧に決まったとする。そこで、排出権取引市場が開かれて、A7.5億㌧、B2.5億㌧、排出権の市場価格が1㌧当たり100㌦になったとする。BはAに対して排出権0.5億㌧分50億 ㌦を支払い、それぞれ最適と考える経済活動を実行に移すわけである。

 しかしよく考えてみると、BがAに対して50億㌦の支払いをせざるを得なくなったのは最初の割当がおかしかったからである。Aが交渉の過程で強引に行動して、その経済活動の水準に相応しくない排出量8億㌧を獲得し、Bは節度を保って対応した結果、2億㌧しか割当をもらえなかったわけである。

 各国における二酸化炭素排出の実績を基準として決める場合も同様である。Aはこれまで二酸化炭素排出を抑制する政策をほとんどとってこなかったと仮想しよう。質の悪い石炭の埋蔵量が無尽蔵にあって、エネルギー価格を安く抑えて、Aの産業を支えている。そして極端な自動車中心の都市構造、生活のスタイルという超エネルギー浪費型の経済、社会がAの象徴である。これに対して、Bは民間の企業を中心として、省エネルギー対策に全力を尽くしてきた。その結果、Aの排出量はBの4.4倍、GDP当たりで1.5倍となっていると想定する。

 二酸化炭素排出の実績を基準として排出割当を決めると、A8.1億㌧、B1.9億㌧となる。この前提の下で排出権取引市場が開かれるわけであるが、その市場均衡は上の場合と同じで、Aは7.5億㌧、Bの排出量は2.5億㌧、二酸化炭素排出権の市場価格が100㌦である。今度はBはAに対して60億㌦支払わなければならない。つまり、二酸化炭素排出抑制のために何もせず、怠けに怠けてきたAは報われ、省エネルギー対策に力を尽くしてきたBは大きな損失をこうむることになる。これが、排出権取引市場の本質である。

京都会議で交わした
信じられない
取り決め

 京都会議の核心は、主要な国が1990年を基準として、2008年から12年までに二酸化炭素を始めとする温室効果ガスを何%削減するかを各国間の交渉によって決めようとするものである。しかもその実行可能性については全く考慮せず、また約束をみたさなくても、何のペナルティもない。常識では信じられない取り決めである。紆余曲折を経て決まったのは、日本6%、アメリカ7%、EU全体で8%という取り決めであった。

 この取り決めを炭素税で実現しようとすると、どうなるであろうか。ごく大ざっぱな試算しかされていないが、日本の場合、1㌧当たり300㌦から400㌦、アメリカの場合は20㌦から30㌦である。

 日本はオイルショックを契機として、民間の企業が中心となって省エネルギー対策に全力を尽くしてきた。これ以上省エネルギー対策を進めて、温室効果ガスの排出量をさらにカットしようとするとき、どれだけ痛みを伴うか。その痛みの大きさを象徴するのが300㌦から400㌦という炭素税である。それに対して、アメリカは何一つ省エネルギー対策をとってこなかったために、エネルギー抑制の痛みはほとんどなかった。それを象徴するのが、20㌦から30㌦という極端に低い炭素税である。

 労するものは救われず、怠けるものが救われるという京都会議の基本的性格がここでも、鮮明に現れている。京都会議の準備段階で、アメリカは、炭素税をテーブルに載せることに対して徹底的に抵抗した。京都会議の核心的な取り決めを炭素税の視点に立って考えると、その極端な社会的不公正がだれの目にも明らかになってしまうことを怖れたからであった。しかも、あとになって、アメリカは、自国の経済に損失を与えるという理由で京都会議から脱退した。これほど国際信義に悖る行為はない。

 京都会議にもともと期待され、求められていたのは、その帰結とは全く異なったものであった。

 1980年代を通じて、地球環境に大きな変化が起きつつあり、気象条件も大きく変化しつつあることが、数多くの気象学者、海洋学者たちによって指摘された。世界中いたるところで、異常気象がおこり、ハリケーン、サイクロン、台風がいずれも、これまでとは異なった強さとルートをもって頻繁に発生し、雨の降り方が大きく変わり、海水面の上昇もいっそう高いペースとなり、海流の流れにも大きな変化がみられはじめた。

 地球的規模で起こりつつある自然環境の大きな変化は地球温暖化という現象に集約される。地球温暖化の主な原因は、大気中にある二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの濃度が異常なペースで高くなっているためである。地球環境が取り返しのつかないかたちで破壊され、人類の将来を危うくする危険をもつ。

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