2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年2月23日

  欧州委員会は、EUのワクチン調達についての不手際をめぐり、非難の嵐に晒されている。EUではワクチンの供給不足が原因でワクチン接種が停滞し、接種数はEU人口の3%にとどまり、英国の15%、米国の10%に大きく後れを取っていることが問題視されている。EUの全人口のためのワクチンを一括して調達するための製薬企業との契約交渉を担ったのが欧州委員会であるが、交渉に手間取った。AstraZenecaとの契約は英国に3ヶ月遅れた。BioNTech-Pfizerとの最初の契約は11月だった。Modernaを含む更なる調達契約は12月および1月になってからだった、などと報じられている。契約が遅れれば供給は当然遅れる。

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 フォン・デア・ライエン委員長も欧州委員会の不手際を認めざるを得ない状況にあるようである。2月4日、同委員長は「(ワクチンとその開発の問題に焦点を当てていたが)大量調達という課題に並行してより大きな注意を払うべきだった」と述べ、更に調達は進展しているが、その速度は遅く、EUによる共同調達という全く新しいプロセスが問題に遭遇するであろうことを人々に語らなかったことが過大な期待を招いたとの趣旨を述べた。

 何を間違えたのかということについて、ル・モンド紙のシルヴィ・カウフマン論説委員は、2月4日付けニューヨーク・タイムズ紙に‘Europe’s Vaccine Rollout Has Descended Into Chaos’題する論説を掲載し、次の3点を挙げている。(1)フォン・デア・ライエン委員長の秘密主義のマネジメント・スタイルが技術的な失策を許した、(2)EU内の調整の必要性、(3)ワクチンに対する懐疑論に特徴づけられるリスクを嫌う欧州の文化。

 カウフマンはむしろEUを弁護する立場だが、そもそも欧州委員会に共同調達をさせることにしたことが間違いだったという意見がある。共同調達を主張したのは欧州委員会自身だったらしいが、保健衛生は本来的に加盟国の権限分野であるから、制度的には欧州員会が共同調達をする必要はなく、この意見には一理ある。他方、メルケルもマクロンも共同調達を擁護している。2月5日、マクロンは「欧州としてのアプローチを完全に支持する、ドイツとフランスのような国がワクチンを取り合ったら人々は何と言うだろう、大混乱だ」と述べた。

 各国ではなく欧州としてのアプローチを採用するとしても、次なる問題は、欧州委員会に必要な能力は備わっていたのかである。保健を担当する部局はあるが、ワクチンの大量調達という難題に対応できる人材を欠いていたらしい。EUの排他的権限の分野でなければ、加盟国と調整しつつ交渉することが必要となる。加盟国のワクチンの種類の注文を聞き、支払い能力の劣る加盟国に配慮して価格の引き下げに努め、更には、ワクチンに問題が生じた場合の法的責任を極力製薬企業に負わせるべく交渉したのであろうが(他国は補助金の提供や副作用の法的責任の免除によって供給確保を急いだ)、必然的に交渉が遷延したということであろう。

 EUには、その市民を守れるのかという疑問を呈されている。EUにとって甚だしく面目を失墜する事態である。フランスの右翼政党「国民連合」のマリーヌ・ル・ペン党首は、ワクチン接種の停滞でフランスは先進世界でお笑い種になったと述べた。ドイツの右翼政党「ドイツのための選択肢」のジルビア・リマーは「(EUのワクチン戦略は)Brexitをもって英国が正しいことをすべてやりおおせたことを示している」と欧州議会で発言した。業を煮やしたハンガリーはロシアのSputnik Vワクチンと中国のSinopharmのワクチンを導入することに踏み切った。どうやら、欧州委員会は些か無謀な試みに挑戦したのかも知れない。

  
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