※本記事は2021年1月18日時点の情報に基づいている。
編集部(以下、――) 新型コロナウイルスのワクチン接種が世界中で始まっている。新型コロナを予防する効果はどの程度あるのか。
氏家 医学誌に掲載されている臨床試験の結果を見ると、米ファイザーと独ビオンテック製、米モデルナ製のワクチンは、2回接種することで90%を超える有効性がある。つまり、ワクチンを接種した人たちは接種していない人たちに比べて90%以上、新型コロナに感染して熱や咳などを発症するリスクが低い。インフルエンザワクチンに代表されるような、これまでのウイルス性呼吸器感染症に対するワクチンの有効性よりも高く、当初想定されていた以上の効果が出ていると言っていい。
―― なぜ新型コロナワクチンでは「想定以上の効果」が出ているのか。
氏家 新型コロナのワクチンでは、免疫を獲得する方法として、これまでのワクチンとは違うアプローチをとっていることが一因かもしれない。ウイルスの遺伝子を解析して、免疫獲得のターゲットなるその一部を設計図として、予防接種により人体(細胞)に送り、それにあわせて細胞がウイルスの構成タンパク質をつくる。免疫細胞は、そのタンパク質を異物と認識して抗体などを作り、免疫がつく。遺伝子(設計図)の送り方の違いによって「核酸(mRNA等)ワクチン」や「ウイルスベクターワクチン」などの種類がある。
―― これまでとは違うアプローチのワクチンで安全性に問題はないのか?
氏家 mRNAはDNAがある細胞の核には入らず、体内にも留まらないため、理論上は安全なワクチンだ。BCG、麻しん・風しん(MR)混合ワクチンなどに用いられている従来の「生ワクチン」では、弱らせた病原体を人体に送り込んで免疫を獲得する。そのため、おたふくかぜワクチンのように、自然に感染するよりはリスクが低いものの、まれに髄膜炎のような副反応が発生することもある。一方、mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンは、ウイルスの設計図の「一部」しか情報がないため、新型コロナウイルス自体が細胞で作られることはない。つまり、ワクチンを打っても新型コロナにかかることはない。
―― 副反応など、ワクチンを接種することによる有害事象に気になる点はないのか。
氏家 重篤な副反応は少ないが、半分以上の人に接種後の接種部の痛みや倦怠感等の一般的な副反応がみられることには注意したい。また、デング熱でみられるように、事前に免疫を獲得することで、次にウイルスに感染した際、かえって病態が悪化する恐れ(抗体依存性免疫増強)も指摘されていたが、今のところ問題になっていない。予防接種後の重篤なアレルギー反応であるアナフィラキシーについての報道もあるが、そもそもワクチン接種ではアナフィラキシー反応自体が非常にまれなものだ。インフルエンザワクチンであれば100万人に1人程度とされるが、現時点では、新型コロナワクチンでは約10倍の頻度と報告されている。迅速に適切な処置を必要とするため、事前の対策が重要となるが、アレルギーの既往や接種から15分以内の発症など、注意すべき特徴はわかってきており、適切に治療が行われれば、実際に予防接種によるアナフィラキシー反応によって亡くなることはほとんどない。必要以上に副反応を恐れることはないが、長期的に安全性を評価したデータがないことには今後も注意を払う必要がある。
―― ワクチンを接種することでどの程度新型コロナの感染を抑えることができるのか。
氏家 ワクチンの有効性にもよるが、予防接種を受けた人の発症がある程度、減少するだけでも、発症した人が周囲の人に感染を広げる機会を予防することにも繋がり、社会全体で流行を抑える効果は大きい。ワクチンをより効率的に活用するためにも、感染のリスクが高い人、重症化しやすい人から優先的に接種を行う戦略と実際の接種の迅速性とのバランスが重要となる。
―― ワクチンの接種が広がれば、新型コロナが流行する前の生活に戻れる可能性もあるのか?
氏家 ワクチンが、症状のない状態の感染をどの程度抑えるのか、ワクチンによる予防効果がどのくらい続くかなどはまだ分かっておらず、残念ながらそれはわからない。ただ、この冬のインフルエンザの患者数が例年と比べてかなり少ないのは、われわれが普段以上に心がけている基本的な感染予防策(手を洗う、症状があればマスクをする、人との間で距離を取る、換気の悪い空間では換気をするなど)がウイルスを〝困らせている〟何よりもの証拠だ。ワクチンだけに頼るのではなく、基本的な感染予防策を今後も続けていくことが大切だ。
―― ワクチンを接種する前に感染者数を減らしておくことは必要か?
氏家 非常にたくさんの人が予防接種を受けることになるので、多くの人が接種場所に集まれる、接種を行う医療従事者が十分に確保できるなど、予防接種を実施しやすい環境を整えることは重要だ。また、コロナウイルスは変異を繰り返す性質を持つが、将来、この遺伝子の変異がワクチンの有効性に影響を及ぼすことも懸念されている。そうした変異は感染を繰り返すことで生じるため、感染者を減らしておくことは、ウイルス変異のリスクを下げることにも繋がる。今後も社会全体で、さまざまな感染対策を併用しながら、新型コロナの流行を克服していくことが大切だ。
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