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2021年3月2日

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稲村 肇 (いなむら・はじめ)

東北大学名誉教授

宮城県国土利用計画審議会会長、東北港湾ビジョン策定委員会委員長、福島県港湾審議会会長、宮城県復興整備協議会委員、元土木学会副会長などを歴任。

基礎自治体の行政能力と
財政負担

 「復興の基本方針」では「東日本大震災からの復興を担う行政主体は、住民に最も身近で、地域の特性を理解している市町村が基本となるものとする」と書かれている。さらに、「県は、(中略)市町村に関する連絡調整や市町村の行政機能の補完等の役割を担うものとする」と書かれている。この文言は、復興事業は全面的に市町村の責任であり「国や県といった上部組織は業務補完以外に口を出すな」を意味すると、関係者の間で受け取られた。

 その結果、多くの技術者を持つ県庁や3000人を超える技術者のいる東北地方整備局が直接的に市町村の援助をすることはできなくなった。しかし、大都市を除いて、市町村には復興に必要な土木技術者が非常に少ないのが現状だ。また、三陸は津波の常襲地帯だが、被災当時の市町村のほとんどの技術者は年代的に災害復旧の経験がない。このような市町村が通常予算の数十~数百倍という事業を遂行することには無理があった。

 まして、この時期は被災住民の緊急避難所生活も限界に近づき、仮設住宅の整備とピークが重なっていた。復興予算は5年間の集中復興期間、次の5年間の復興・創生期間とあわせて19兆円となり(最終32兆円に膨張した)、補正予算で1.6兆円の復興交付金(追加もあると言われ、ほとんど青天井)が交付された。また被災市町村の財政負担はゼロとなったが、調査、計画、住民との合意、用地の取得、設計、国への申請・許可、発注といった膨大な手続きのために与えられた時間はわずか1~2年と思われ、関係者に焦りが生まれた。

事業の遅れ・住民の離脱と
設計変更

 市町村にとって、最も大きな負担は集団移転の条件となっている「移転促進区域の住民全世帯の合意」と「移転候補地の選定・用地買収」の交渉だ。神戸市や新潟県など過去の被災地から多くの職員が派遣されたが住民との交渉や用地買収を担当することはできない。被災市町村の担当者はまさに不眠不休で働き体調不良になる職員も続出し、当然のことながら事業は大幅に遅れた。市町村はその事業計画・設計の大半を民間コンサルタントに委託した。

 しかし、民間コンサルタントも厳しい時間制約に追われ、現地調査も十分ではなく、そこから出てきた計画・設計は実施困難のものも少なくなかった。このため工事を発注する前の段階で移転地の変更や設計の変更が相次ぎ、事業はさらに遅れた。

 例えば、気仙沼市では4年以上経過した15年になって72の移転候補地のうち40地域の大規模設計変更が行われている。また、市町村負担が実質ゼロとなったため、モラルハザードともいえる非効率な事業(土地造成費が数千万円/戸)も多く見られた。多くの住民が事業の遅れによって、待ちきれずに故郷を去った。

 また、石巻市十八成浜(くぐなりはま)では全126世帯のうち77戸175人が被災し、直後はその53戸115人が集団移転を希望した。しかし、2年後の開発許可時には38戸72人と減少し、最終的には宅地希望7戸、公営住宅希望24戸となった。すなわち、40%以上の住民が事業の遅れにより心ならずも故郷を去ったことになる。こうした縮小や設計変更によって、新たな遅れが生じた事業も少なくない。

十八成浜団地。造成地の多くに住宅が建っているものの、写真の住宅は、すべて空き家。住民によると、団地完成後、一度も人が住んでいない状況が続いているという (MASATAKA NAMAZU)

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