2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年6月25日

 最近、バイデンが推し進める内外政策の中で貿易が欠落していることを指摘、注意を喚起する論評が散見される。アジアの専門家の一部にはバイデンのアジア政策に貿易が欠落していることを心配する声があると指摘されている。これは重要な指摘である。

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 世銀チーフ・エコノミストやIMF副専務理事を務めたクルーガーは、Project Syndicateのサイトに5月24日付けで‘Biden's Trumpy Start on Trade’と題する論説を寄稿、①バイデン政権によるトランプの貿易政策の転換の動きは遅い、②TPPへの不参加により米国の企業は競争上不利益を被っている、③中国との問題はWTO等多国間で解決すべきである、等と主張する。正論である。

 また、元世銀総裁、USTR等を歴任したゼーリックも効果的な論陣を張っている。‘The Trade Two-Step as Part of Biden’s Diplomatic Dance’(バイデン外交の一部として貿易のステップを)と題するウォールストリート・ジャーナル紙への寄稿記事(5月9日付)で、同氏は、①バイデンの国際政策には貿易という重要な部分が抜けている、②中国は他の14の域内諸国とRCEPに合意した、中英はTPPに入ろうとしている、③米は米墨加協定関連規定を参考にしてアジアとのデジタル貿易取決めを提案すべきだ、またデジタル、技術、環境を含む北米と英の経済連携構想を推進すべきだ、④バイデンはトランプの間違った国家安全保障による貿易障害を取り除くべきだ、更にオコンジョ=イウエアラ新事務局長と共にWTOでe-コマース等いくつかの実務的成功を重ね、WTOを再活性化すべきだ、等と主張している。

 これらの論説の言う通り、バイデンがトランプの政策を正し、出来るだけ早い時期に米の貿易政策を立て直すことが期待される。貿易は、まず総論を確固としておくことが大事であり、各論から入っては上手く行かないように思われる。総論あるいは原則は、やはり依然として自由貿易である。自由貿易は消費者、生産者にとり有利な政策であり、時として起きる各論的問題は救済措置、経済政策で対応するのが筋である。また、貿易赤字は、二国間ではなく多国間で見るべきであり、また資本の動き等を含めた全ての国境取引、マクロ経済政策の中で考えていくべきである。

 しかし、バイデンは貿易につき深刻な政治的ジレンマに直面している。バイデンが貿易に慎重になることはよく理解できる。来年秋の中間選挙で今の過半数ギリギリの民主党の議席を減らす訳にはいかないからである。米国の反貿易の政治ムードは依然として強い。本来は自由貿易推進派であった共和党は、今も反貿易のトランプ派の呪縛から脱却できず、不気味な状態が続いている。一方、反貿易の立場を取る民主党左派の声も大きい。中間選挙に向けて間違えば、共和党と民主党左派が反貿易で連合する可能性も必ずしも排除はできない。

 バイデンは、注意深く、ギリギリの貿易政策の立て直しを図ることが必要であろう。ゼーリックが示唆するように、当面デジタル等の分野で段階的な成功を積み重ねていくことが最も現実的と思われる。英国のTPP加入交渉への前進、G7での国際税制の前進、ワクチンの国際協力等は、米国の貿易政策の立て直しを刺激する有益な動きである。WTOの改革も推進が必要だ。バイデンが副大統領を務めたオバマ政権はTPPを推進、交渉の終結に漕ぎつけた実績を持つ。また民間識者等の議論を含め、反保護主義や貿易のアジェンダを生かし続けていくことが重要となる。しかし、この勝負は中間選挙後を待たねばならないかもしれない。

  
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