CHANGE CHINA

2021年8月1日

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房 満満 (ぼう・まんまん)

1989年中国生まれ。早稲田大学政治学研究科への留学を経て、2014年テレビ番組制作会社「テムジン」(東京・渋谷区)に入社。中国の社会問題を深く掘り下げ、生き様を描くドキュメンタリーを制作。20年石橋湛山記念・早稲田大学ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。

 【張 伯駒(ちょう・はくく)
1984年、北京生まれ。2012年に香港中文大学大学院卒業後、「自然之友」代表に就任。以来8年間、環境関係の法律や政策の作成に積極的に参加し、「環境保護法」「野生動物保護法」「海洋環境保護法」など、およそ50種類の法案作成や改正に重要な役割を果たした。「環境保護法」改正後、「環境公益訴訟支援基金」を立ち上げ、小規模の環境保護団体も訴訟を起こせるよう、資金や人材の面で支援している。
イラストレーション=阿部伸二 Shinji Abe

「カネもコネも権力もない民間NGO(非政府組織)に何ができるのか」

「国有企業を訴えるなんて無理に決まっている」

 そう言われながらも28年間存続し、これまで環境汚染を引き起こしていた企業を相手に49件もの訴訟を起こした中国最大の環境保護団体「自然之友」。代表を務めるのが張伯駒さんだ。香港中文大学大学院を卒業後、代表に就任した時に掲げた目標は、法律を駆使して汚染企業などを訴え、環境を守る「環境の法治」。

 しかし、法律よりも政府の意思が優先され、経済成長を目指すあまり環境汚染の深刻さが軽視される中国でそれを達成することは、困難を極めた。

 自然之友が目指したのは、環境保護団体に対して原告となる資格を認める環境保護法の改正。これまで中国では、水質や大気、土壌汚染などによる住民の健康被害が相次いだ。「がん村」などが日本でも報道されたが、法律の知識が乏しく、経済力もない被害者が企業に対して訴訟を起こすのは現実的ではなかった。環境保護団体も原告になれることが法律に明文化されれば、「環境法治」への大きな一歩となる。

 法改正の実現には、実際に個別事案を積み重ねることが重要だ。自然之友は全国で環境破壊や環境汚染の情報を収集した。現場を訪れ実態を調査し、汚染企業を裁判所に訴えた。2011年、雲南省の農村で六価クロム(強い毒性を持つ有害物質)を廃棄し、地域住民に深刻な健康被害を与えた大手化学企業を提訴。環境保護団体による全国初の訴訟となり、大々的に報じられた。14年には、約2万㌧もの危険な廃液を長江に垂れ流し、甚大な汚染をもたらした江蘇省の化学企業を訴えた。

 しかし、資金難や人材不足など、さまざまな困難が立ちはだかる。それまで自然教育のイベントなどを応援してくれたスポンサーには「勝訴するはずがない」と支援を拒まれ、訴訟への協力を期待した環境専門家も「センシティブな案件なので協力は難しい」と消極的だった。それでも、「その程度でめげたらプロではない」と張さんは言い切った。

 その強い信念の背景には、かつて政府の目玉プロジェクトだったダム建設を中止に追い込んだ経験がある。09年、内陸部の重慶市政府が長江でダムの建設を計画。しかし、建設予定地は絶滅危惧種の魚がいる自然保護区のすぐ近くだった。自然之友をはじめ環境保護団体は建設に強く反対し、張さんと仲間たちは生態系への影響を具体的に検証しようと現場へ向かった。到着してすぐ、張さんの携帯電話に見知らぬ人物からメッセージが届いた。

 ようこそ重慶へ──。張さんはすぐに意味を理解した。「『お前の動きは全て把握している』ということだったのでしょう。普通なら怖くて諦めてしまうかもしれない」

 張さんは動じなかったが、猛進はしなかった。人目の少ない早朝の時間帯に建設現場を訪れるなど、慎重に調査を進めた。建設予定地と自然保護区の位置関係を確認し、ダム建設のために立ち退きを余儀なくされる住民の声も集めた。調査後、重慶市の環境保護局や環境の専門家に資料を届け、さらに中国の最高権力機関とされる全国人民代表大会にも「ダム建設の即時中止を」と訴えた。一連の動きはメディアで大きく報道され、世論も次第に「ダム反対」に傾くようになった。

現地調査を進める張伯駒氏(右から2番目)と馬栄真氏(1番左)

 やがて張さんたちの努力は実を結ぶ。15年、日本の環境省にあたる環境部は重慶市当局に対し、ダム建設の中止を命令。7年近く続いた環境保護団体と行政の攻防にようやく終止符が打たれた。「カネもコネもない民間団体の声なんか相手にされないかもしれない。でも、声を発することすら諦めたら完全に終わりです」。そう語る張さんは確かな手応えを感じていた。

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