CHANGE CHINA

2021年4月22日

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劉 燕子 (りゅう・えんし)

現代中国文学者

現代中国文学者、神戸大学等で教鞭を執りつつ日中バイリンガルで著述・翻訳。編著訳書に『中国低層訪談録:インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(集広舎)、『チベットの秘密』(集広舍)、『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、『「〇八憲章で学ぶ教養中国語』(集広舎)、『「私には敵はいない」の思想』(藤原書店)、『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』(集広舎)、『劉暁波伝』(集広舎)、『現代中国を知るための52章:第6版』(明石書店)等。

     【王 力雄(おう・りきゆう)
作家。1953年、中国吉林省生まれ。「権力に尻尾を振り媚びへつらう」のは「恥辱」だと中国作家協会から独立。中国の未来の不透明性を警告した『黄禍』(集広舎)、チベット問題と正対した『天葬 : 西蔵的命運(鳥葬:チベットの運命)』(明鏡出版社:邦訳なし)、獄中で出会ったウイグル青年との本音を軸にいち早く新疆「パレスチナ化」に警鐘を鳴らした『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舍)、オーウェル『1984』(角川文庫)に優るとも劣らぬデジタル全体主義を活写した『セレモニー』(藤原書店)などを著し、数々の国際賞を受賞。
                       イラストレーション=阿部伸二 Shinji Abe

 王力雄が「中国はファシズム路線を進むというのか?」と問うと、ウイグル青年ムフタルは「そうだ」と答え、そして日米などと衝突し、国際社会は傍観しないだろうと語った。いずれにとっても中国が脅威になるからだ。

 これは10年以上も前の対話だが、ウイグルが争点となっている現在の状況を考える上で示唆に富む。これは偶然ではない。新疆には重大な問題が絡んでいるためである。そもそも「新疆」は清朝がこの地方を征服して命名した呼称で「新しく開かれた疆域」を意味する。それは地元民族にとっては屈辱と不幸の証左に他ならない。現在、中国の5自治区のうち自治区・自治州・自治県という三層の民族自治地方があるのは新疆だけで、トルコ系のウイグルの他に、カザフ、キルギス、ウズベク、タタールなど多くの同胞が中央アジア諸国にいる。しかも、面積では中国の6分の1を占め、日本の4倍以上にもなる。ここに変化が起きれば、中国にとっては致命的になる。

中国政府によって壊されるウイグル自治区のカシュガル旧市街

漢人とウイグル人の出逢いは「獄中」だった

 王力雄とムフタルが本音を語り合えるようになったのは、同じ政治犯として獄中で出会ったからであった。ムフタルは民族差別への抗議を計画しただけで投獄されることとなった(王の投獄理由は後述)。中国において、ウイグル人が中国における最大民族である漢人を受け入れられる場は、おそらく政治犯収容の監獄だけであろう。

 王は、1953年に吉林省に生まれ、文化大革命終息後の民主化運動(民主の壁)に参加した。作家となったが、中国作家協会など官製の文壇から独立し、弾圧されても不屈に抵抗し続け、民族問題や民主化を中心に言論を展開している。中国では作家が自分の信念に従い文筆活動すれば生計の道を断たれるだけでなく、弾圧の危険に付きまとわれるため、彼の存在は特筆すべきである。

 王は1991年、「政治的先見性に富み、世界を震撼させる」ディストピア小説『黄禍』(邦訳:集広舎)を発表した。また、彼は中国民主化の「アキレス腱」は少数民族問題であると先駆的に認識したことでチベットに注目し、98年に『天葬 : 西蔵的命運(鳥葬:チベットの運命)』(明鏡出版社:邦訳なし)を上梓した。

 そして99年、新疆で調査研究を進めるが、「国家機密窃取」容疑で拘束された。彼は支援してくれた知人たちの情報を絶対に「告白」しないため自殺を図ったが、早期に発見され一命を取りとめた。この出来事が、彼と新疆を近づけた。曰く、「私の血が新疆で流れた時から新疆は『観念』ではなくなり、地元民族は観察の『対象』ではなくなった。つまり、私の生命の中で分別できない一部となり、身体的に痛みを感じさせ、また情愛も感じさせる存在となった」という。だからこそ、ウイグル青年のムフタルが心を開いたのである。

 釈放後、王は2003年の夏と秋、06年の春と夏の計4回、「極秘」にウイグルでムフタルと再会し、漢人の入り難いウイグル社会に身を置いて、現地の人々の生の声をすくい上げた。また、2人は以下をめぐり議論を交わした。

・なぜ、ウイグル人は漢人とともに発展を進められないのか?
・民族教育が消滅の危機に瀕している原因は何か?
・漢人は東トルキスタンという存在を認めるだろうか?
・未来の新疆では報復の応酬が繰り広げられるのか?
・新疆の漢人は新疆独立に賛成するだろうか?

 その中で、ムフタルは率直に、「非暴力で中国政府に対話を求める中道路線を唱えるダライ・ラマ14世の境遇はウイグル人に希望を失わせる」と述べた。ダライ・ラマ14世は中国政府がチベット独立を決して容認しないとの判断から「中道」路線による自治権拡大が最も現実的だと考えるが、中国政府と交渉しても何の成果も得られないからである。

1959年にダライ・ラマ14世と数万のチベット人がインドに亡命して半世紀も経過したが、帰還はままならない状態が続き、むしろ亡命チベット人は十数万に増えた。しかも中国政府は、チベットのみならず少数民族に対してアメ(利益誘導)とムチ(強権支配)の政策を推進するだけであった。その根底には漢人優越主義があり、多額の財政支援や大規模開発と引き換えに民族のアイデンティティに不可欠な文化や慣習が軽んじられるため、少数民族はそれを心底では受け入れていない。

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