2024年4月26日(金)

CHANGE CHINA

2021年4月22日

王の主張を阻むダブルスタンダード

 それゆえ、王は警鐘を鳴らし続けた。2009年7月5日にウルムチ流血事件が起きると、これは端緒にすぎないと捉えた。実際、13年10月28日に天安門車両突入事件、14年3月1日に昆明駅事件などと続いた。確かにその後、情勢は落ち着きを見せているが、それは弾圧の強化によるもので、怨嗟は鬱積し続け、それが将来爆発するときは一層激烈になるだろう。

 それを避けるべく、王は対話による民主化で多民族平和共存へと進むべきだと提起する。ところが、民主、自由、政治改革を論じる漢人のリベラル派や「公共知識人(公共的な問題で発言する知識人)」でさえ、「新疆問題」に話が及ぶと、「開明」や「理想」のイメージをかなぐり捨てて大漢民族主義に流れる。彼らは専制体制の構造的な問題を脇に置き、穏健派少数民族の最後の拠り所である「民族区域自治」まで取り消そうとする。正にダブルスタンダードである。

 その上、ややもすると「殺せ」などの言葉を連発する。「ジェノサイドにより新疆が中国に保たれるのなら、彼らはたぶん数百万人のウイグル人が殺害されるのを目にしても平然としているだろう」と言われても当然である。

 この問題も憂慮し、王は人権派弁護士とともに、11年1月4日、インターネット・テレビで、チベットの精神的指導者ダライ・ラマ14世と中国国内で約10万人のツイッター・ユーザーとの対話を実現した。それには王の妻・チベット人作家のツェリン・オーセルも参加した。

 さらに王は民族間の対話をウイグルへ広げようとした。穏健派ウイグル知識人で中央民族大学副教授のイリハム・トフティは、それに応じて、対話のルートを切り拓いた。

 イリハムもかねてから疑心、不信、憎悪で民族間の亀裂が深刻化する状況を憂慮し、漢語のウェブサイト「ウイグル・オンライン」で漢人とウイグル人の相互理解に尽力していた。しかし、これがウルムチ流血事件を煽動したとされ、09年7月8日に拘束された。一度は釈放されたが、その後も、軟禁や身柄拘束が繰り返された。

 これに抗して、王、イリハム、オーセルは中央民族大学キャンパスという公開の場で語り合い、この漢人・ウイグル人・チベット人の鼎談はドキュメンタリー映画として記録された。その撮影中、3人は公安の「国保(国内安全保衛隊)」の監視や嫌がらせを受けた。ところが、その背景では学生たちが「各民族大団結」をスローガンにしたイベントのリハーサルをしていた。図らずも「民族団結」を見せびらかす裏で民族間の「対話」が妨害されたことが記録されたのである。

 14年1月、イリハムはまた「国家分裂活動」容疑で拘束された。王はイリハムが「ウイグル人と漢人の橋渡しを担う貴重な存在」だと即時釈放のアピールをネットで発表し、賛同者は40カ国から数千人にのぼったが、無期懲役の判決が下され、対話の道が塞がれた。だが19年、彼は獄中で人権と思想の自由を守るために献身的な活動をしてきた個人や団体をたたえるサハロフ賞を受賞した。

 さらに、15年末、王自身も邦訳出版に際して日本に向かおうとした空港で「国家の安全と利益を害する恐れがある」、「少数民族独立を支持し、党と政府を攻撃する言論を流布した」との理由で搭乗を阻止された。以来、彼は出国できず、監視下に置かれ続けている。

綿花を摘むウイグル人

民族問題の平和的解決に必要なこと

 少数民族に限らず統制が全面的に強化され、当局はハイテク技術、人工知能(AI)、ドローンなどを駆使して社会の隅々まで監視している。しかし、王はデジタル独裁の不確実性は以前と比べものにならないところもあると認識する。いわば〝突然変異〟が制御不能の大混乱をもたらしかねないからである。

 さらに重大なのは、専制体制が崩壊し、民主化が始まろうとする転換期では、強権的な統治はできなくなる一方で民主的な法治は未熟であるため、それまで武力で抑え込んできた民族の怨嗟や遺恨が一気に噴出し、各勢力の蜂起が続出し、流血の騒乱が嵐のように巻き上がるという危険性である。民族問題の平和的解決は民主化でのみ可能だが、それにもこのジレンマがある。

 新疆では900万の漢人がほとんどの都市を掌握し、そのうち200万の兵士が屯田開墾と辺境防衛の「新疆生産建設兵団」として駐留している。「新疆自治区の漢人自治省」の兵団は「新疆安定の核心」と呼ばれており、当然、民族的衝突が勃発すると、兵団は漢人の防衛のために武力を行使する。そこには大規模な内戦や虐殺の危険性さえ孕まれている。これは決して大げさなことではなく、考えれば考えるほど背筋が寒くなる。国際社会はこれを理解し、対応を考えねばならない。

 だが、王は悲観しない。大々的な直接民主主義や代議制の間接民主主義の限界を見極め、「逓進民主制」による着実な民主化こそ民族問題を解決できると提起し続けている。これは社会の最小のユニットにおける自治を基礎に、そのような層を重ねて大きな自治体を形成するシステムである。最小範囲で自治が確保されるので、民族の混在地域でも各民族の自治が保障される。

 対話が禁じられたままウイグル人と漢人の間に心理的「万里の長城」が横たわり続ければ至る所で「パレスチナ化」が加速する。その一つでも臨界点を越えたらどうなるであろうか? 国際社会は賢者の警鐘に耳を傾けてほしい。

  
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