2024年4月19日(金)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年1月20日

「土」を研究し「土」で修復
科学を駆使して文化を守る

 技術の価値は、新しいものを生み出すことだけにあるわけではない。京都大学工学研究科の澤田茉伊(まい)助教は地盤工学の専門家として、地震や豪雨などで損傷した古墳をはじめとする遺構の修復・保全に取り組んでいる。地盤工学は主に土木構造物の設計・施工や防災に応用される学問であり、文化財の保全につなげる試みは国内ではまだ少ない。あまり大々的には報じられないが、自然災害によって損傷した遺構は少なくない。

 石室に描かれた「飛鳥美人」で知られる奈良県明日香村の高松塚古墳もその一つだ。石室を覆う墳丘(盛土)には過去の南海地震が原因と考えられる亀裂が生じている。こうした物理的な損傷の他、石室内の温湿度環境の変化も重大な問題だ。それによって繁茂したカビが壁画の劣化を招き、修復のため石室は解体を余儀なくされた。

 明日香村の酒船石遺跡では、豪雨で石敷の斜面が崩壊した。水路や石造物があることから、水を使った儀式の場だったと考えられている。澤田氏は適切な修復方法を検討するため、現地で採取した土を用いて、大学の実験室で土の保水性や変形特性を調べ、崩壊のプロセスを数値解析で再現した。

 解析からは、表層にある土が非常に軟弱で、雨水の浸透によって変形しやすい性質を持つことが判明した。そこで澤田氏らの研究グループは遺跡の土の一部を取り除き、力学的に安定する土に入れ替えることを提案。これをもとに実際の修復が行われた。

自然にある土を活用し
古墳を保全する

 一方、墳丘が失われて石室がむき出しになった大分県のガランドヤ古墳。その保護と展示のための施設に採用されたのは、土の特性を利用した遮水・排水システムだ。

 保護施設の検討にあたり、澤田氏らは室内の降雨模型実験で、砂層・礫層内での水の動きを検証。砂層の下に、砂より粒の大きな礫層を敷き傾斜をつけると、層の境界部で遮水効果が生じ、排水される。砂と礫の保水性の違いに起因したこの現象を「キャピラリーバリア」という。遺跡の保全に応用されたのはこれが初めてだ。完成した保護施設の外観は土の丘、まさに古墳だ。「自然にある土をうまく使いたかった」と澤田氏は話す。土は断熱性が高く、施設内の石室の温度環境を安定的に保つ点でも優れている。

ネットに包まれた礫を覆うように盛土をする(KYOTO UNIVERSITY)
盛土をした後、植生を施してガランドヤ古墳の保護施設は完成した(KYOTO UNIVERSITY)

 同様に、地震についても古墳の模型を用いた加振実験やシミュレーションが行われている。将来的には古墳の耐震補強も技術的に可能であることを示し、遺跡の予防保全につなげたい考えだ。「なぜ壊れたのか」を理解することは、修復・保全の最善策を導く。同時に「なぜ何千年もの間、壊れなかったのか」を解明することにもつながる。科学で先人の知恵に迫り、技術で唯一無二の文化財を後世に受け継ぐ──。人類とテクノロジーの知恵が融合した理想の姿といえるだろう。 

Wedge2月号では、以下の​特集「人類×テックの未来  テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ」を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
人類×テックの未来  テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ
part1​   未来を拓くテクノロジー  
1-1 メタバースの登場は必然だった
宮田拓弥(Scrum Ventures 創業者兼ジェネラルパートナー)
  column 1   次なる技術を作るのはGAFAではない ケヴィン・ケリー(『WIRED』誌創刊編集長)
1-2 脱・中央制御型 〝群れ〟をつくるロボット 編集部
1-3 「限界」を超えよう IOWNでつくる未来の世界 編集部
  column 2   未来を見定めるための「SFプロトタイピング」  ブライアン・デイビッド・ジョンソン(フューチャリスト) 
part2   キラリと光る日本の技  
2-1 日本の文化を未来につなぐ 人のチカラと技術のチカラ 堀川晃菜(サイエンスライター/科学コミュニケーター)
2-2 日本発の先端技術 バケツ1杯の水から棲む魚が分かる! 詫摩雅子(科学ライター)
2-3 魚の養殖×ゲノム編集の可能性 食料問題解決を目指す 松永和紀(科学ジャーナリスト)
part3   コミュニケーションが生み出す力  
天才たちの雑談
松尾 豊(東京大学大学院工学系研究科 教授)
加藤真平(東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授)
瀧口友里奈(経済キャスター/東京大学工学部アドバイザリーボード・メンバー)
合田圭介(東京大学大学院理学系研究科 教授)
暦本純一(東京大学大学院情報学環 教授)
  column 3   新規ビジネスの創出にも直結 SF思考の差が国力の差になる  
宮本道人(科学文化作家/応用文学者)
part4   宇宙からの視座  
毛利衛氏 未来を語る──テクノロジーの活用と人類の繁栄 毛利 衛(宇宙飛行士)

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Wedge 2022年2月号より
テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ
テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ

メタバース、自律型ロボット─。世界では次々と新しいテクノロジーが誕生している。日本でも既存技術を有効活用し、GAFAなどに対抗すべく、世界で主導権を握ろうとする動きもある。意外に思えるかもしれないが、かつて日本で隆盛したSF小説や漫画にヒントが隠れていたりもする。テクノロジーの新潮流が見えてきた中で、人類はこの変革のチャンスをどのように生かしていくべきか考える。


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