2022年10月7日(金)

知られざる高専の世界

2022年1月3日

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堀川晃菜 ( ほりかわ・あきな)

サイエンスライター・科学コミュニケーター

東京工業大学大学院生命理工学研究科修了。農薬・種苗メーカーでの勤務を経て、日本科学未来館の科学コミュニケーター。その後、WEBメディアの編集・記者を務め、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)。

 「毎日、子どもの学校から配られるプリントを読むのに困っているんです」

 情報アクセスへの不平等さ──視覚障害者の声は、これだけ情報通信技術が発達した国の日常にある盲点を浮き彫りにする。「点字」に対し、点字以外の文字は「墨字」と呼ばれる。墨字の情報はあらゆる媒体、あらゆるレイアウトで身の回りに溢れている。だが、その一つひとつを即座に点字に翻訳(点訳)する手段がない。その現実を知った高専生が開発したシステムが事業創出コンテストで企業評価額5億円の高評価を受け、大きな話題を集めた。

 墨字を点字に、点字は墨字に全自動で翻訳する「てんどっく」を開発したのは、高尾山にほど近い東京工業高等専門学校のプロコンゼミ点字研究会のチーム15人だ。2021年春には本格的な社会実装を目指し、メンバーの板橋竜太さん(情報工学科5年)と藤巻晴葵さん(同学科4年)が高専ベンチャーTAKAO AI株式会社を設立した。

東京工業高等専門学校(東京都)

 開発のきっかけは19年度の第30回全国高等専門学校プログラミングコンテスト、通称プロコンだった。技術的に解決すべき課題の抽出・設定も学生が行う課題部門で、その年のテーマは「ICT を活用した地域活性化」だった。そこで、プロコンゼミの指導教官である山下晃弘准教授の紹介で視覚障害者に困りごとを聞いた。これが彼らの原点となった。

 「正直、福祉の分野に先端技術が行き渡っていないことに、まず驚きました」と板橋さん。「画像から文字を抽出する技術など既にある中で、点訳システムが技術的にそこまで難しいとは思いませんでした。ならば自分たちが実現するしかない」と突き動かされたと藤巻さん。アイデアはすぐに固まっていった。

右からTAKAO AIの板橋竜太さん、藤巻晴葵さん、東京高専の山下晃弘准教授
(写真=東京高専提供)

 当初彼らが開発したのは、読みたい文書を画像としてスキャンし、「点訳開始」の音声認識で点訳を開始、点字プリンターから点字が打たれた紙が出力されるというもの。点字プリンターの特殊なドライバー(ソフトウェア)の制御に四苦八苦しながらも、これを実証したプロコンで見事に最優秀賞を受賞した。だが、彼らの新境地はさらにこの先にある。次なる挑戦の舞台となったのは、20年開催の第1回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2020、通称ディーコンだ。

 ここまでの開発で既に見えていたのは、点訳技術が手付かずだった理由とも言える課題だった。「点訳すると約5倍の情報量になるので、紙切れになってばかりで……」と藤巻さん。墨字と点字は1対1で対応しているわけではないからだ。点字は、ひらがなと記号しか表せないため、数字、漢字、アルファベットなどについては「この先、英語文」と知らせる前置きの点字が必要となる。さらに、読みやすさのため「マスあけ」といって文節と一部の品詞ごとに1マス開けるルールもある。塩ラーメンは「しおラーメン」であるのに対し、醬油ラーメンは「しょうゆ ラーメン」になる。

 点字を読む人の負担を減らすため、そもそも点訳すべき情報をどのように取捨選択し、文章化するのか。そこでヒントを得たのは、どんな分量でも数行にまとめるニュースの要約サービスだ。彼らも人工知能(AI)による機械学習の手法、ディープラーニングをここに活用し、点訳用の要約エンジンを作った。

TAKAO AIが開発した「自動点字相互翻訳システム」。事業創出コンテストで企業評価額5億円という高評価を受けた​(写真=東京高専提供)

 もう一つ、現在も開発中の課題としてあるのが、表などを含むデザイン性のある文書の解読だ。例えば、公共料金の請求書。晴眼者にはより大きく、太く記された「ガス料金:4488円」が真っ先に目に入る。だが、他にもキャンペーン情報やお客様番号など、大小さまざまな情報が詰め込まれている。スーパーのチラシも特殊文書の典型と言える。どこからでも読めるが、どこから読むのか決まっていない。視覚に訴えた飾り文字も、文字の大小も、点字の世界にはない。点字を大きくしても、かえって読みにくくなる。では〝文字以外〟に込められた情報も含めて文書の意味合いを伝えるにはどうしたらよいか。

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