2024年12月22日(日)

知られざる高専の世界

2022年1月3日

 彼らはそこにもAIを活用している。「例えば表は、区画ごとに要素を抽出し、文字列としてつなげることはできています。ただ、文字列をそのまま並べても文章として成立しません。そこでテレビの番組表や飲食店のメニュー表など、さまざまな文書を機械学習し、さらに点訳文と原文の対応の良しあしもAIに学習させています。扱える文書のバリエーションを増やしながら、アプトプットの精度を高めていくことが現在の課題です」と藤巻さんはいう。

 残る課題は、ビジネスを見据えたときに立ちはだかった。前述のプロコンでは「学生だからできた開発」とも言われていた。それを覆したい思いが彼らの中にあった。たしかに企業は市場が見込めないと容易に手は出せない。いくら困っていても少数派は後回しになるのが世の不条理だ。

 「視覚障害者だけをユーザーと捉えるなら、たしかに市場は限られます。でも、視覚障害者にサービスを提供したい教育現場や行政、企業などにもニーズはあります」と板橋さん。実際に盲学校の教師などからもサービスの実現を切望する声を聞いていた。そこで視覚障害者の個人向けと、主に行政向けのビジネスプランを分けて検討し、事業性も評価対象となるディーコンで企業評価額5億円、投資額1億円の評価を得て、最優秀賞を受賞した。

作業よりも調査や議論
未知数の可能性に溢れる自信

 これまでの開発を振り返り「当初に比べて、視覚障害者の方たちが点字をなぞるスピードが明らかに速くなり、指の動きがスムーズになりました。その様子が何よりの手ごたえです」と板橋さん。時には、視覚障害者に試してもらいながら、その場で改良するという開発スタイルで、常にユーザーと共に歩んできた。パソコンの前に座って作業する時間より、調査や議論のために人と話す時間が圧倒的に長いそうだ。

彼らは視覚障害者と意見交換し、実際に試してもらいながら改良していった
(写真=東京高専提供)

 板橋さんは自社のコア技術を「二次元情報の文字起こしシステム」と言う。起業後、初のサービスとして提供を予定するのは、タブレットやスマートフォンで印刷物を撮影し、全自動で点字ディスプレイ(上下に動くピンが並ぶデバイス)に出力できるシステムだ。ただし、点字はあくまで伝達手段であり、音声出力など他のインターフェイスも視野に入れている。

 TAKAO AIとさまざまな取り組みで関わり、記事冒頭の言葉を述べた白川寿子さんは、「障害のある人に手を差し伸べてくれる企業は、どうしても利益優先になる。しかし、彼らは自分にできることなら、何でもやってみようという気持ちで頑張っている。これからもてんどっくに限らず、世のため人のため、ピンと来たものに向かって精一杯頑張ってほしい」と語る。

 学生業の傍ら、事業展開を進める彼らだが、不安の色は感じられない。「プロコンやディーコンでやってきたことは、ほとんど独学ですが、楽しみながらチャレンジしてきました。学内でも初の起業で、私たち自身も今後どこまで進化を遂げられるか未知数ですこれからも手と頭を同時に使いながら、新たな扉を開いていきたいです」。彼らの表情は人の役に立てる喜びと自信に満ちていた。

Wedge1月号では、以下の​特集「破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか」を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
■破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか
 マンガでみる近未来    高騰する物価に安保にも悪影響  財政破綻後の日常とは?
漫画・芳乃ゆうり 編集協力・Whomor Inc. 原案/文・編集部
PART1 現実味増す財政危機  求められる有事のシミュレーション
佐藤主光(一橋大学大学院経済学研究科 教授)
PART2 「脆弱な資本主義」と「異形の社民主義」 日本社会の不幸な融合
 Column  飲み会と財政民主主義
藤城 眞(SOMPOホールディングス 顧問)
 COLUMN1  お金の歴史から見えてくる人間社会の本質とは?  
大村大次郎(元国税調査官)
PART3 平成の財政政策で残された課題  岸田政権はこう向き合え
土居丈朗(慶應義塾大学経済学部 教授)
​PART4 〝リアリティー〟なきMMT論  負担の議論から目を背けるな
森信茂樹(東京財団政策研究所 研究主幹)
 COLUMN2  小さなことからコツコツと 自治体に学ぶ「歳出入」改革 編集部
PART5 膨らみ続ける社会保障費 前例なき〝再構築〟へ決断のとき
小黒一正(法政大学経済学部 教授)
PART6 今こそ企業の経営力高め日本経済繁栄への突破口を開け
櫻田謙悟(経済同友会 代表幹事・SOMPOホールディングスグループCEO取締役 代表執行役社長)
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土居丈朗(慶應義塾大学経済学部 教授)

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Wedge 2022年1月号より
破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか
破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか

日本の借金膨張が止まらない。世界一の「債務大国」であるにもかかわらず、新型コロナ対策を理由にした国債発行、予算増額はとどまるところを知らない。だが、際限なく天から降ってくるお金は、日本企業や国民一人ひとりが本来持つ自立の精神を奪い、思考停止へと誘(いざな)う。このまま突き進めば、将来どのような危機が起こりうるのか。その未来を避ける方策とは。“打ち出の小槌”など、現実の世界には存在しない。


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