この論説に引用されている昨年8月のプラハにおける講演において、ショルツ首相は、EUは東方に向けて成長しつつあるとEUの将来に言及し、西バルカン諸国、ウクライナ、モルドバ、そしていずれはジョージアを包含するEUの拡大にコミットしていると述べた。結束した強力なEU、即ち、「地政学的な欧州」を語り、そのために障害になるのであれば、EUのルールは変更可能であり、EU条約すらも変更すべきである、とも述べた。そして、大規模な拡大に備えるためにEU自体の改革も必要であるとして、EUの外交政策や税制の分野における意思決定を漸進的に多数決の方式に移行させることを提案した。
一方、フランスのマクロン大統領も方針を転換したと見られる。彼は2019年にアルバニアと北マケドニアとの加盟交渉の開始を阻止したことがあるが、静かにその異議を撤回した。彼は5月31日のスロバキアの首都ブラチスラバでの演説で、ウクライナのNATO加盟に支持を表明しただけではない。問題はEUの拡大は是か非かではなく、どのように拡大すべきかにあると述べ、EUは自由自在に拡大し得るよう設計されてはいないとしてガバナンスの改革の必要性に言及しつつも、拡大に支持を表明した。
独仏両国はEU拡大で足並みが揃っていることになるが、その動機は、ウクライナの戦争の教訓から、ロシアとEUの間に空白地域を残せば浸食される危険があるとして、欧州の安全のためにこの近隣地域をEUに取り込む必要があるという地政学的なもののようである。この点で、自由な民主主義の体制が根付くことの願望による2004年・2007年の大規模な東方拡大とは動機を異にする。
ウクライナ加盟によるEUへの衝撃は大きい
しかし、加盟国が27から33にも膨張することとなれば、制度と政策の改革なくしてはEUが機能し得ないことは、この論説が論じる通りであり、EUを適応させるために極めて複雑な作業を強いられることになる。特に、人口はポーランド並み、世界の最大の農業国の一つ、そして欧州の最も貧しい国の一つであるウクライナが加盟することの制度と政策に対する衝撃は大きいであろう。
ショルツ首相はEUの意思決定の方式の改革として、多数決による意思決定のへの移行を提案しているが、容易ではない。多数決といっても、どういう方式にするかという問題もある。例えば、過去には、EUは理事会の投票総数を352として、英仏独伊:29、スペイン:27、とする一方、小国は3または4を持ち票とする加重票の制度を採用していたことがある。
いずれにせよ、EUが東方への拡大を進めることは歓迎すべきことである。欧州委員会はEUの改革の検討を進めている模様であるが、EUの70年の歴史において最も困難な仕事となることは間違いない。