季節を楽しむために訪れるお店があります。京都・四条河原町の交差点から「真橋通り」という小さな路地に入ると、「加茂川の西 河原町の東 汁」と描かれた暖簾が見えてきます。
この「志る幸」は、池波正太郎や司馬遼太郎、田辺聖子などの作家に愛されたお店でもあります。古手のファンが多いように思われてしまいそうですが、若い女性、特に一人で訪れている姿もよく見かけます。
私は、志る幸に通うようになってかれこれ20年になります。志る幸に行って季節を実感しているともいえます。春はタケノコ、夏は鱧、秋はマツタケ、冬は海老芋。
大将の小堂修平さん(75歳)はこう言います。
「お土産の『鯛ちりめん』を作ったのはちょうど20年くらい前のことです。鯛飯を作る際に出たアラなどから身をとって〝でんぶ〟というそぼろ状にします。それと、ちりめんと混ぜて作ったオリジナルの食材です。温かいご飯にのせるだけで美味しく召し上がっていただけます」(以下、同)
それだけでお酒の肴になるなど、重宝する逸品。ただ、私がここで提案したいのは、この『鯛ちりめん』で、ひと手間を楽しむことです。例えば、昆布と鰹節だけで調味料を使わないで炊いた、薄味のご飯に合わせる。そうすると、絶妙な味になります。
昨今「タイパ(タイムパフォーマンス)」などといわれるように、より効率性が求められることが多くなりました。それもいいけど、料理などをすることによって、「時間そのものを楽しむのもありですよね?」と、『鯛ちりめん』をお土産として渡すときに話しています。私自身、志る幸を訪れた時は、ゆっくりと時間(季節)を楽しむようにしています。
『汁』と『利久辨當』
志る幸といえば、『汁』と『利久辨當』。『汁』の定番は白味噌の味噌汁で、具は選ぶことができます。
「『利久辨當』は、千利休から名前をもらっていて、茶事風の盛り付けです。料理店で弁当を出したのはうちが最初で、これが流行ったので、多くの店にも広がったと聞いています。正月などは木屋町まで行列ができます」
利久辨當は、扇の形をしたかやくめしに、5種類のおかずとお漬物がつきます。どれも季節の素材が使われています。最近は、やたらと「今年初めて」などと、「はしり」を謳うお店が増えましたが、志る幸では「盛り」を重視しているからこそ、味が引き立っているのではないかと思います。
この汁と、弁当の美味しさを作家の田辺聖子はこう表現しています。
「熱い味噌汁の、それも関西独特のまったりした白味噌の味と、かやくめしのほんのりした温かさと淡味のおいしさ」(『甘い関係』、文春文庫)
私も仕事柄よく料理をします。作るのはカフェ飯が中心なので美味しいものは「生姜焼き」「ハンバーグ」など、「茶色」が多くなってしまいます。
「和食では、五味五色五法といいますが、私が特に大切だと考えているのは色です。赤青(緑)黄白黒(紫)。この色がそろっていれば、見た目が美しいことで食欲がわきますし、栄養面でもバランスがとれたものになります」
志る幸の創業は昭和7年(1932年)です。小堂さんの義父が創業しました。今は、2人の娘さんが手伝いながら、小学1年生のお孫さんも「出汁」に興味を持ち始めているそうです。
「お店は継続してもらいたいですね。そのためには細く長くです」