私は2008年から15年まで知人の誘いで、神奈川県葉山町の一色海岸で海の家を運営していました。御用邸がある町なので、運営にはとても気を使いました。若者が集まるようなイベントを行うにも地域の理解を得る必要があります。それには私たちの「顔が見える」ようにするべきだと思い、朝の清掃を始めました。地域の人と関わりを深めながら仕事を進めていくことは、私にとって「地域おこし」に携わるきっかけにもなりました。
真夏、海の家での仕事は過酷です。そんな中で、差し入れでもらって最も嬉しかったのが「マーロウ」のプリンでした。特製のビーカーには、トレードマークである、中折れ帽、くわえたばこの男性のイラストが描かれています。食べ終わったビーカーで、お茶やビールを飲んでいました。辛いことが多かったのですが、このマーロウのビーカーを見ると、不思議なもので、良い思い出だったなと思えるのです。逗子駅からマーロウの秋谷本店に行くまでにも、バスの広告などでこのイラストを見ることができます。
マーロウのプリンは、今年40周年を迎えます。考案したのは、現会長の白銀正幸さん(75歳)。大学卒業後、ダイエー(当時)に入社しました。飛ぶ鳥を落とす勢いで店舗開発を進めている中で、白銀さんも2年に1回転勤を繰り返していたそうです。35歳の時、長男でもあるため、両親がもっていた土地(現秋谷本店)に、カフェをオープンさせました。
「ダイエーでは、衣料品を担当していたので、飲食は全くの素人でした。軽食の後にデザートを出したいと思い、素人でも作れるプリンを選びました。耐熱ビーカーでプリンを焼いて提供すると、好評で、持ち帰りたいという要望をいただくようになりました。せっかくであれば、ビーカーのまま持って帰っていただこうと、オリジナルで作ることにしました。そうなると、最低ロットが5000個からと聞いて、使い切るのに何年かかるのだろうと、不安に思いました」
心配をよそに、プリンは人気を博して在庫が増える心配もありませんでした。「嬉しいことにお客様が原材料の美味しさに気づいてくれたからだと思います」。
牛乳、卵、バニラビーンズなど、材料の産地、品質にこだわっています。このところ「平飼い(ケージフリー)」で生産される卵を見かけることも増えました。しかし、やっぱり高いです。
「ケージフリー卵の使用も始めています。確かに原価は高くなります。でも、良い材料を使っているのですから当たり前です。だから、良い材料を仕入れて積み上げた結果、売価がいくらになるかという考え方をしています。売価ありきではないのです」
食べ終わったビーカーは、100円で回収してくれます。マーロウは今のSDGs(持続可能な開発目標)の流れを先取りしていたと言えます。
「僕は、先を見通すことはできません。ただ、目の前のお客様が何を望んでいるかということに耳を傾けて、それを少しずつ提案していったんです。素人だからこそ頭でっかちにならないで、お客様に教えていただいたという感じです」
この謙虚さが、今も変わらぬマーロウのプリンの人気につながっているのです。プリンはもちろんですが、季節ごとや、限定で発売されるビーカーをコレクションしていくのも楽しいです。東京や横浜のデパートなどでも購入することもできますので、出張の際のお土産にも最適です。