バーンド・デバスマン・ジュニア BBCニュース(フィラデルフィア)
ペンシルヴェニア州フィラデルフィアのフェアヒル地区では、米領プエルトリコの影響をあちこちで目にする。家屋や商店には赤白青の旗が飾られ、通り過ぎる自動車やレストランからは、サルサやレゲトンの曲が大音量で響く。そのレストランが出しているのは、プランテン(オオバコ)のフライや、ブタの串焼きだ。
フェアヒルは、市内のノース・フィラデルフィア地区にある。プエルトリコ人が9万人以上住むこの地域の、活発な中心地だ。ペンシルヴェニア州のラティーノ(中南米系)・コミュニティーにとって大事な場所でもある。11月5日の大統領選に向けて、共和党も民主党も、ラティーノ有権者の支持を確保しようとしてきた。
しかし28日の朝には、ここの住民の多くが、前の晩にニューヨークで開かれたドナルド・トランプ前大統領の集会で飛び出た「ジョーク」に激怒していた。共和党候補の前座として登壇したコメディアン、トニー・ヒンチクリフ氏がプエルトリコを「ごみの島」と呼んだのだ。
ペンシルヴェニア州には、大統領を決める選挙人が19人割り振られている。そのためこの重要な激戦州は、大統領選の行方に大きな影響力を持つ。
そして前回2020年の大統領選では民主党が、わずか1.17%(約8万2000票)の差で、この州で勝った。それだけに、プエルトリコを中傷した「ジョーク」は、共和党にとって暗い記憶となる可能性があると、ここの人たちは言う。
フェアヒル在住のイヴォン・トレス・ミランダ氏は、共和党のトランプ候補にも民主党候補のカマラ・ハリス副大統領にも、依然として幻滅したままなのだと言う。投票日まで残すところわずか8日なのだが。
そしてミランダ氏は、「(トランプ陣営にとって)とんでもない自責点だった。自分で自分をひどく痛めつけた。頭がおかしいんじゃないかと思うくらい」と言う。
「たとえ(ヒンチクリフ氏にとっては)冗談だったとしても、あんな冗談は言ってはだめだ」
「私たちはプエルトリコ人です。私たちには尊厳があって、誇りもある」。ミランダ氏は強いプエルトリコ発音のスペイン語で、早口でこう語る。
「何かを言う前に考えないと」
批判を受けてトランプ陣営は後から、ヒンチクリフ氏の発言はトランプ候補や陣営の「考え方を反映しない」と広報担当がコメントを出すなど、この「ジョーク」から距離を置こうとした。
他方、ハリス陣営はすぐさま「ジョーク」を非難。この発言はトランプ候補がアメリカ人を分断しようと、対立の燃料をあおりたてている」ことを、あらためて浮き彫りにしたと述べた。
プエルトリコ人の世界的なラッパー「バッド・バニー」氏や、プエルトリコ系俳優・歌手のジェニファー・ロペス氏は同日、相次いでハリス氏支持を表明した。
ハリス陣営の関係者は、BBCがアメリカで提携するCBSに対して、この騒ぎは民主党にとって政治的なプレゼントのようなものだと話した。
一部のプエルトリコ系住民も、同意見だ。
「あれで決まり。まさにあれで勝ちが決まった」と、ハリス氏を支持するジェシー・ラモス氏はBBCに話した。「ラティーノの人たちがこれからどれだけ一生懸命になってカマラ・ハリスを徹底的を応援するか、あの人はまったくわかっていない」。
米領プエルトリコに住むプエルトリコ人は、アメリカ大統領選で投票できない。しかし、アメリカ国内に住むプエルトリコ人は大勢おり、選挙権をもつ。
ペンシルヴェニア州では、約60万人の有権者がラティーノだ。
そしてそのうち、47万人以上がプエルトリコ系だ。この州には特にプエルトリコ系が多く集中している。世論調査によると、ハリス候補とトランプ候補が激しい接戦を続けているこの州において、プエルトリコ系の票は、結果に大きく左右する可能性がある。
特にハリス候補は、ノース・フィラデルフィアで精力的に支持を呼び掛けてきた。27日には、フェアヒルで大勢が集まる人気のプエルトリコ料理店「フレディー・アンド・トニーズ」に立ち寄った。
そして同じ日にハリス氏は、プエルトリコ支援の新しい政策を発表した。プエルトリコの経済発展と災害対策の改善を約束したほか、2017年にプエルトリコなどカリブ海の島を襲った大型ハリケーン「マリア」の最中には、トランプ大統領(当時)がプエルトリコを「見捨てて侮辱した」と批判した。
これが実際に、プエルトリコ系の有権者を動かすかどうかは、まだわからない。
「フレディー・アンド・トニーズ」のオーナー、ダルマ・サンティアゴ氏はBBCに、トランプ候補の集会での「ジョーク」が選挙結果を動かすかどうかはわからないものの、フェアヒルをはじめとする各地のプエルトリコ人コミュニティーに、あの発言は「大きくはっきり鳴り響いた」と思うと述べた。
「人の意見は人それぞれだけれども、あれを忘れる人はいない」と、サンティアゴ氏はBBCに話した。
同様に、アメリカ陸軍で13年働いたモーゼス・サンタナ氏も、あの「ジョーク」の影響がどう出るかはわからないとBBCに話した。
フェアヒルの依存症対策施設で働くサンタナ氏は、街角インタビューに応じ、この地区の人たちは伝統的にありとあらゆる政治家にげんなりしているのだと話した。民主党も共和党も、この地区の社会・経済問題や犯罪や薬物依存に、十分に取り組んでこなかったと、住民の多くは考えているのだと。
「この辺の人たちは、何を要求しても、与えられない。そうなりがちだ。投票でもそうだ」
トランプ候補は29日には、ペンシルヴェニア中心部のアレンタウンを訪れる。人口12万5000人のうち、プエルトリコ系を名乗る人は約3万3000人だ。
しかし、ペンシルヴェニア州全体のラティーノ・コミュニティーでは、たとえトランプ支持者も、問題の「ジョーク」を批判する人は多い。
たとえば、ジェセニア・アンダーソン氏がその一人だ。フィラデルフィアの西約240キロにあるジョンスタウンに住むアンダーソン氏は、退役軍人で、ニューヨーク市でプエルトリコ系が多く住むロウアーイーストサイドの出身だ。トランプ候補を支持し、ペンシルヴェニア州内での集会にはしばしば参加してきた。
そのアンダーソン氏は、問題の「ジョーク」は「非常に不見識で不愉快」だったと批判する。ヒンチクリフ氏の「ネタ披露」全体が「まったく場違い」だったと思うとも言う。そして、ほかの共和党支持者には「お互いへの思いやりと敬意を伴う会話」をしようと強く呼びかけた。
とはいえ、アンダーソン氏は投票する相手を変えるつもりはない。
「共和党がこの国に良い影響を与えられると、それは今でも強く信じている」とアンダーソン氏は言い、「ラティーノ有権者に示して当然の敬意をもって接するよう期待している」と話した。
(英語記事 Puerto Ricans in must-win Pennsylvania say Trump rally joke won’t be forgotten)