リーズ・ドゥーセット国際報道主任特派員
アメリカの大統領選挙の投票日が目前に迫った。民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が、激しく競り合う展開となっている。
私たちは、アメリカの世界への影響力の価値が疑問視される世界に生きている。地域の大国は独自の道を歩み、独裁的な政権は独自の同盟関係を築き、パレスチナ・ガザ地区やウクライナなどでの壊滅的な戦争は、米政府の役割の価値について落ち着かない疑問を投げかけている。
だが、アメリカはその経済力と軍事力、そして多くの同盟における主要な役割ゆえに、重要な国だ。この非常に重大な選挙が世界にどんな影響をもたらすのかについて、事情に通じた専門家らの考えを聞いた。
軍事力
北大西洋条約機構(NATO)のローズ・ゴッテモラー前事務次長は、「こうした警告をきれいな言葉で言い表すことはできない」としたうえで、「ドナルド・トランプはヨーロッパの悪夢だ。NATOからの脱退という彼の脅しが誰の耳にも響いている」と述べた。
アメリカの防衛支出は、他のNATO加盟31カ国の軍事予算の合計の3分の2に相当する。NATOに限らずに比較すると、アメリカは、その次に軍事費の多い中国やロシアなど10カ国を合わせた額よりも多くの軍事費を費やしている。
トランプ候補は、他のNATO加盟国にGDPの2%という防衛支出の目標を達成させるため、強い姿勢で臨んできたと自賛している(この目標を達成したのは今年は23カ国にとどまった)。彼のとっぴな発言は、いまだ動揺を与えている。
仮にハリス候補が勝てば、「NATOはアメリカに関して心配がなくなる」とゴッテモラー氏はみている。ただ、それでも注意は必要だと同氏は言う。「彼女(ハリス候補)はウクライナでの勝利達成のため、NATOや欧州連合(EU)との協力を続けていく用意はある。だが、ヨーロッパへの(支出)圧力という点では、引き下がらないだろう」。
ハリス政権が誕生しても、議会は上下両院を共和党が掌握するかもしれない。もしそうなれば、外国の戦争を民主党ほど支援することにはならないだろう。誰が大統領になるかにかかわらず、議会で巨額の支援案を通すことに議員らは消極的になっており、ウクライナに対しては、戦争から抜け出す方法を見つけるよう圧力がかかるとの見方が強まっている。
ゴッテモラー氏は、どうなるにしろ「NATOが崩壊しなければならないとは思わない」と言い、ヨーロッパが「一歩前に出てリードする」必要があるとする。
ピースメーカー?
次の米大統領は、冷戦後最大の大国間対立の危機に直面している世界で、仕事をすることになる。
シンクタンク「国際危機グループ」のコンフォート・エロ会長兼最高経営責任者(CEO)は、「平和と安全保障に関して、アメリカは依然として最も影響力のある国際的な存在となっている」と言う。ただし、「紛争を解決する力は弱まっている」とする。
戦争を終わらせるのは、ますます難しくなっている。エロ氏は、「死者を出す紛争は、一段と手に負えなくなっている。大国間の競争が加速し、中堅国が台頭している」と、現在の情勢を説明する。ウクライナで起きているような戦争が複数の大国を巻き込み、スーダンで見られるような紛争は利益を争う地域のプレーヤー同士を対立させている。平和よりも戦争に投資する人もいる。
アメリカは道徳的優位性を失いつつある、とエロ氏は言う。「ウクライナにおけるロシアの行動と、ガザにおけるイスラエルの行動に対して、アメリカが別の基準を適用していることに、世界の国々は気づいている。スーダンにおける戦争ではひどい残虐行為が起きているが、後回しの問題といった扱いをされている」。
ハリス候補が勝てば、「現政権との継続性がみられることになる」とエロ氏は言う。一方、トランプ候補が勝利した場合、「イスラエルに対して、ガザなどの地域でさらなる自由を与えるかもしれない。ウクライナ政府の頭越しに、ロシアとウクライナに関する協定を追求する可能性も(トランプ候補は)示唆している」とする。
中東に関しては、ハリス候補はイスラエルの「自衛権」を断固支持するという、ジョー・バイデン大統領と同じ姿勢をたびたび示している。ただ同時に、「罪のないパレスチナ人の殺害はやめなくてはならない」とも強調している。
トランプ候補も、「平和に戻り、人々を殺すのをやめる」時だと訴えている。しかし、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に対しては「やるべきことをやれ」と伝えたと報じられている。
トランプ候補は自らをピースメーカー(紛争の仲裁人)だと誇るように言う。27日夜にはサウジアラビアのアルアラビアTVのインタビューで、「私は中東に平和をもたらす。すぐにだ」と明言した。
トランプ候補は、2020年のアブラハム合意の拡大を約束した。この合意は、イスラエルとアラブ地域の数カ国の関係を正常化した。一方で、パレスチナ人を蚊帳の外に置き、結果的に現在の前例のない危機を招いたと、広くみられている。
ウクライナに関しては、トランプ候補はロシアのウラジーミル・プーチン大統領のような強者への憧れを隠さない。そして、ウクライナでの戦争を終わらせ、アメリカの多額の軍事・財政支援を終わらせたいと明言している。最近の集会では、「私は撤退する。私たちは撤退する必要がある」と訴えた。
対照的にハリス候補は、「私はウクライナとの連帯を誇りに思っている。これからもウクライナと連帯していく。そして、ウクライナがこの戦争に勝てるよう努力する」と発言している。
だが、誰が当選しても世界の情勢は悪化するのではないかと、エロ氏は懸念している。
中国とのビジネス
トランプ候補は、中国からの輸入製品のすべてに60%の関税をかけると提案している。これについて、イギリス人の歴史家で、中国研究の第一人者であるラナ・ミッター氏は、「世界経済にとって、ここ数十年で最大の衝撃」だと話す。
中国や他の多くの貿易相手国に高額のコストを課すことは、トランプ候補の「アメリカ・ファースト(自国第一主義)」政策の中でも、最も根強い脅しの一つとなっている。一方でトランプ候補は、中国の習近平国家主席と個人的な強いつながりがあると自賛している。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルには、中国が台湾封鎖に動いてもアメリカが軍事力を行使する必要はないと説明。その理由については、習氏が「私に敬意をもっており、私の頭がおかしいと知っている」からだと述べた。
共和党も民主党も有力者はタカ派だ。双方とも中国について、最も影響力のある大国の立場をアメリカから奪おうとしているとみている。
しかし、いくつかの相違点もあると、ミッター氏は言う。ハリス候補が勝利した場合は、「関係は現在から直線的に発展する可能性が高く」なり、トランプ氏が勝った場合は、より「流動的なシナリオ」になると、ミッター氏はみている。一例として、アメリカから遠く離れた島の防衛に乗り出すことの是非について、トランプ候補はあいまいな態度を示していると指摘する。
中国の指導層は、ハリス候補もトランプ候補も手ごわい相手だと考えている。 ミッター氏は、「エスタブリッシュメント派の少数の人々は、『知っている相手の方がいい』とハリスを支持している。影響力のある少数派はトランプを、予測不可能で、可能性は低いだろうが中国相手に大取引をするかもしれないビジネスマンとみている」と話す。
気候危機
ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領によって設立された世界の指導者のグループ「エルダーズ」の議長で、国連人権高等弁務官も務めたアイルランドのメアリー・ロビンソン元大統領は、「アメリカの選挙は、その国民にとってだけでなく、全世界にとって大きな意味がある。気候や自然の危機が、差し迫った緊急課題となっているからだ」と話す。
「ごくわずかな方針の変化も、気候変動の最悪の影響を回避し、『ミルトン』のような壊滅的ハリケーンが当たり前になる未来を防ぐためには重要だ」
トランプ候補は、ハリケーン「ミルトン」と「ヘリーン」が猛威を振るうなか、この気候上の緊急事態に立ち向かうための環境計画や政策を「史上最大の詐欺の一つ」と一蹴した。トランプ政権になれば、1期目と同様、2015年のパリ協定から離脱するだろうと、多くの人が予想している。
一方でロビンソン氏は、現在勢いを増している流れをトランプ候補が止めることはできないと考えている。「彼はアメリカのエネルギー転換を止めることはできないし、何十億ドルものグリーン補助金を撤回することもできない。(中略)気候問題に関する、連邦とは無関係の運動を止めることもできない」。
ロビンソン氏はまた、自らのスタンスをまだ具体的に説明していないハリス候補に対し、「リーダーシップを発揮し、近年の勢いを加速させ、他の主要排出国にペースを上げるよう促す」ため、一歩踏み出すことを求めた。
人道的リーダーシップ
紛争調停のベテランで、最近まで国連事務次長(人道問題担当)兼緊急援助調整官を務めていたマーティン・グリフィス氏は、「米選挙の結果は非常に大きな意味をもつ。アメリカの影響力は、同国が軍事や経済で大きな存在であることにとどまらず、世界的な舞台で道徳的な権威をもって主導する可能性もあることから、比類ないものになっている」と言う。
グリフィス氏は、ハリス候補が勝てばより大きな光が見えると説明。「孤立主義と一国主義を特徴とするトランプ政権への回帰は、世界の不安定性を深めることにしかならない」と話す。
しかし、バイデン氏とハリス氏による現政権についても、中東情勢の悪化をめぐって「ためらい」がみられるとして批判している。
支援機関のトップたちは、イスラム組織ハマスによる昨年10月7日のイスラエル民間人への攻撃を、繰り返し非難している。それと同時に、ガザやレバノンの民間人の深刻な苦しみを終わらせるためにもっと努力すべきだと、アメリカに重ねて求めている。
バイデン氏と米高官らは、ガザへの支援の流入を増やすよう訴え続けており、変化を実現させたこともある。しかし、支援も圧力も決して十分ではなかったとの批判が出ている。アメリカは最近、イスラエルへの重要な軍事支援の一部を取りやめるかもしれないと警告したが、その決定は米大統領選が終わるまで先延ばしになった。
アメリカは国連分担金の最大の支出国だ。2022年には過去最高の181億ドル(約2兆7750億円)を拠出した。
しかし、トランプ候補は大統領1期目で、いくつかの国連機関への資金提供を打ち切り、世界保健機関(WHO)からも脱退した。他の支援国はその穴を埋めようと躍起となった。それはまさにトランプ候補が望んだことだった。
しかし前出のグリフィス氏は、アメリカが不可欠な大国だとなおも信じている。
「世界的な紛争と不確実性の時代に、世界はアメリカが責任ある、原則に基づくリーダーシップを発揮するよう強く望んでいる。(中略)私たちはより多くを求める。より多くを受けるに値する。そして、より多くを恐れずに望む」
(英語記事 What the US election outcome means for Ukraine, Gaza and world conflict)