コートニー・サブラマニアン、BBCニュース、米ワシントン
カマラ・ハリス米副大統領は1カ月ほど前、米ABCの番組「ザ・ヴュー(The View)」に出演した。自分のことをもっと知りたいと思っているアメリカ人に向けてアピールする、和やかなインタビューになるはずだった。
しかし、ある質問に答えた直後、雰囲気が暗転した。現職のジョー・バイデン大統領とは違う対応をしただろうと思うことにどんなことがあるか、と聞かれ、「思い当たることは一つもない」と返したのだった。
この返答は共和党による攻撃材料となるとともに、ハリス氏が直面した政治的逆風を象徴するものにもなった。大統領選に急きょ臨んでいたハリス氏は、この逆風をはね返せないまま、5日の選挙でドナルド・トランプ前大統領に明確に敗れた。
ハリス氏は6日午後、敗北を認め、支持者たちに「絶望しないで」と訴えかけた。
しかし、いったいどこで失敗し、他に何ができたのかというハリス氏の内省は、時間がかかりそうだ。民主党では責任のなすり付け合いと、党の将来を疑問視する動きがみられ始めている。
ハリス陣営の関係者らは6日朝、沈黙状態だった。もっと接戦になると予想していた側近の一部は、涙ながらにショックを示した。
「敗北は底知れないほど悲痛だ。つらい」。ハリス選対のジェン・オマリー・ディロン本部長は6日、スタッフ宛ての電子メールで書いた。「これを消化するには長い時間がかかるだろう」。
現職副大統領のハリス氏は、不人気な大統領から自分を切り離すことができなかった。経済への不安が広がるなか、人々が求める変化を自分は提供できると、有権者に信じてもらうこともできなかった。
バイデン政権の負の荷物
バイデン氏がテレビ討論会で散々な出来に終わり、大統領選からの撤退を表明すると、ハリス氏は予備選での吟味という過程をすっ飛ばし、何の投票も経ずに、大統領候補に指名された。
彼女は100日間の選挙活動をスタート。「新世代のリーダーシップ」を約束し、人工妊娠中絶の権利をめぐって女性を結集させた。物価上昇や住宅購入といった経済問題に焦点を当て、労働者階級の有権者を取り戻そうとした。
投票日を3カ月先に控え、ハリス氏の選挙運動は開始直後、特有の勢いを得た。ソーシャルメディア上のミームや、歌手テイラー・スウィフト氏らスターの支持、記録的な寄付金などがそれを支えた。だがハリス氏は、有権者に広く浸透している反バイデンの感情を振り払うことはできなかった。
バイデン大統領の支持率は就任からの4年間、常に40%台前半で推移してきた。有権者の約3分の2は、アメリカが間違った方向に進んでいると考えている。
バイデン氏の後継者を目指したハリス氏については、バイデン氏への忠誠心が強過ぎるのではないかとの見方も、内輪で出ていた。しかし、ハリス氏の元広報担当ディレクターのジャマル・シモンズ氏は、これを「わな」だと主張。バイデン氏と距離を置けば、不誠実な人物だという新たな攻撃材料を共和党に与えただけだと話した。
「自分を選んでくれた大統領から逃げることなど誰もできない」とシモンズ氏は言った。
ハリス氏は微妙なバランス取りに努めた。バイデン氏の評価を下げることなく、バイデン政権の実績を説明。バイデン氏の政策を引き継がないことには消極的な姿勢を示しながらも、それらの政策を表立って宣伝することもしなかった。
しかし、なぜ自分がこの国を率いるべきなのか、経済に関する不満や移民をめぐる懸念にどう対処するのかといった点について、説得力のある主張を展開することはできなかった。
有権者12万人以上を対象に米シカゴ大学の全国世論調査センター(NORC)が実施した調査「AP VoteCast」によると、家計が悪化していると感じている有権者は3割近くに上っており、4年前の約2割から増加した。
食料品の価格については、有権者の9割が、「非常に」または「多少」心配していた。
不法滞在の移民を出身国に強制送還すべきだと答えたのは有権者の4割で、2020年の約3割から増えた。
ハリス氏は選挙戦の終盤、バイデン政権の続きにはならないと強調したが、独自の政策を明確に示すことはできなかった。バイデン政権の失敗とみられている問題を正面から取り上げず、避けて通ろうとする姿勢が目立った。
バイデン氏の支持基盤の拡大に苦しむ
ハリス陣営は、2020年大統領選でバイデン氏が勝利する原動力となった支持基盤の再構築を図った。民主党の中核である黒人、ラティーノ(中南米系)、若者の支持を獲得するとともに、大卒で郊外に住む有権者の支持の拡大を狙った。
しかし、ハリス氏はこれら主要支持層の票を望んだほど得られなかった。出口調査によると、ラティーノで13ポイント、黒人で2ポイント、30歳未満で6ポイント、それぞれ支持を失った。出口調査のデータは開票が進むにつれ変わる可能性があるが、大まかな傾向を示すとされている。
2016年大統領選の民主党予備選でヒラリー・クリントン元国務長官に、2020年の同予備選ではバイデン氏に敗れたバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出、無所属)は、労働者階級の有権者が民主党を見捨てたのは「大きな驚きではない」とする声明を発表。
「(民主党を見限ったのは)最初は白人の労働者階級で、今やラティーノや黒人の労働者階級となっている。民主党指導部は現状を擁護するが、アメリカ国民は怒り、変化を求めている」、「そして、そうした人々は正しい」とした。
女性たちは概して、トランプ氏よりハリス氏を支持した。だがハリス氏のリードは、歴史的な立候補が生み出すと陣営が期待した以上の大差にはならなかった。また、郊外の共和党支持の女性を獲得するという野望もハリス氏は実現できず、白人女性票の53%を失った。
人工妊娠中絶の憲法上の権利を連邦最高裁が覆してから最初の大統領選だったことから、リプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利)の闘いに焦点を当てることで決定的な勝利を収められると、民主党は期待していた。
出口調査によると、女性有権者の54%がハリス氏に投票した。しかしその比率は、2020年にバイデン氏を支持した57%を下回るものだった。
トランプ氏に焦点を当て裏目に
ハリス氏は大統領候補になる前から、今回の大統領選をバイデン氏ではなくトランプ氏に対する審判と位置づけようとしていた。
元カリフォルニア州検察官のハリス氏は、その経歴を背景にトランプ氏を攻撃した。
しかし、そうした新たな取り組みは、トランプ氏が民主主義に存亡の危機をもたらしているというバイデン氏の核心的な主張を脇に置き、個人の自由や中産階級を守るという前向きで「楽しい」メッセージを前面に押し出すこととなった。
それでも選挙戦の最終盤になってハリス氏は、トランプ政権2期目の危険性を改めて強調するという戦術的決断をした。トランプ氏を「ファシスト」と呼び、同氏の暴言にうんざりしている共和党員らと選挙戦を展開した。
トランプ政権の首席補佐官だったジョン・ケリー氏が米紙ニューヨーク・タイムズに、トランプ氏がアドルフ・ヒトラーを肯定的に語っていたと証言すると、ハリス氏は公邸の外で、トランプ氏は「抑えが効かず不安定」だと発言した。
共和党のベテラン世論調査専門家のフランク・ランツ氏は5日夜、「カマラ・ハリスは、ドナルド・トランプを攻撃することだけに焦点を絞った時点で、この選挙に敗れた」と話した。
「有権者はトランプについてはすでに知り尽くしている。だがハリスについては、政権の最初の1時間、1日、1カ月、1年に何をするかの計画をもっと知りたいと思っていた」
「ハリス自身の考えよりもトランプにスポットライトを当てたのが、彼女の選挙活動における大失敗だった」
結局、ハリス氏がトランプ氏を打ち負かすために必要だった勝利の連合は実現しなかった。そして、有権者の民主党に対する拒絶反応は、同党が不人気な大統領だけでなく、それより深い問題も抱えていることを示すものとなった。
(英語記事 Why Kamala Harris lost: a flawed candidate or doomed campaign?)