トム・ベイトマン米国務省担当編集委員
ドナルド・トランプ次期米大統領のホワイトハウス復帰は、アメリカの外交政策を再構築し、世界の一部で戦争や不安が拡大する中、極端な変化を多方面にもたらす可能性が強い。
選挙中にトランプ次期大統領は、不干渉主義と貿易保護主義の原則、あるいは本人の表現を借りれば「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」に基づく、時には具体的な詳細のない、幅広い政策公約を掲げていた。
つまり、複数の危機が並行して起きている最中に、新政権誕生はアメリカ外交に近年で最も重大な混乱をもたらす可能性がある。
2017年から2021年までの大統領在任中の実績と、選挙活動中の発言から、さまざまな分野について次期大統領の姿勢を推測することができる。
ロシア、ウクライナ、そしてNATO
トランプ次期大統領は選挙活動中、ロシアとウクライナの戦争を「一日で」終わらせることができると繰り返し発言した。それはどうやるのかと問われると、自分の采配のもとで合意を実現するとほのめかしたが、具体的な方法については明らかにしていない。
前回のトランプ政権で国家安全保障会議(NSC)の幹部だった2人は、今年5月に発表した研究論文で、アメリカはウクライナへの武器供給を継続すべきだが、ウクライナがロシアとの和平交渉に参加することをその条件にすべきだと主張している。
論文は、ロシアを交渉の席につかせるため、ウクライナが切望する北大西洋条約機構(NATO)への加盟を遅らせると、西側諸国は約束するだろうと、そういう主張もしている。ウクライナはロシア占領下にある全領土回復の希望を諦めるべきではないものの、交渉は前線の状況に基づいて行うべきだとも書いている。
対する民主党は、次期大統領がロシアのウラジーミル・プーチン大統領にすりよっていると非難してきた。さらに、トランプ氏が主張する手法はウクライナにとって降伏に等しく、欧州全体を危険にさらすことになるとも、民主党は主張している。
次期大統領は一貫して、戦争を終わらせ、アメリカの資金など資源流出を食い止めることが最優先事項だと主張している。
元NSNSC関係者の論文がどこまでトランプ氏自身の考えを反映しているのかは不明だが、次期大統領がどのような助言を受けることになるのか推し量る手掛かりにはなる。
戦争終結に向けた「アメリカ・ファースト」のアプローチは、NATOの将来という戦略的な問題にも及ぶ。NATOは第2次世界大戦後に設立された、大西洋を挟んだ軍事同盟だ。そもそもは、ソヴィエト連邦に対する防波堤だった。
NATOには現在、32カ国が加盟している。トランプ次期大統領は以前からこの同盟に懐疑的で、アメリカが提供する安全保障に欧州はただ乗りしていると非難している。
次期大統領が実際にアメリカをNATOから脱退させるかどうかは、依然として議論の余地がある。だがもしそうなれば、大西洋を挟んで1世紀近く続いた防衛体制に、過去最大の変化が起きることになる。
トランプ氏を応援する人の間には、次期大統領の強硬路線は、NATO加盟国に防衛支出目標を満たさせるための、交渉戦術に過ぎないという意見もある。
しかし現実としてNATOの首脳らは、トランプ氏の勝利がNATOの将来にどのような意味を持つのか、また、敵対勢力の指導者がNATOの抑止効果をどうみなすようになるのか、深刻に懸念することになるだろう。
中東
ウクライナと同様、トランプ次期大統領は中東に「平和」をもたらすと約束してきた。つまり、パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとイスラム組織ハマスの戦い、レバノンでのイスラエルとイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦いを終わらせるという意味だが、その具体的な方法については言及していない。
次期大統領は、もしジョー・バイデン氏ではなく自分が政権を握っていたら、ハマスはイスラエルを攻撃しなかったはずだと繰り返してきた。ハマスに資金提供するイランに対して、自分なら「最大限の圧力」政策を徹底するからだと。
前回のトランプ政権は、イラン核合意からアメリカを撤退させ、イランに対して従来より厳しい制裁を課し、イラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊を長年指揮してきたカセム・ソレイマニ司令官を殺害した。次期大統領は今度も、その姿勢に戻ろうとする可能性が高い。
前回の政権でトランプ氏はイスラエルに強く傾倒する政策を打ち出し、エルサレムをイスラエルの首都と承認し、アメリカ大使館をテルアヴィヴから移転させた。こうした動きは共和党の主要支持層、キリスト教福音派を活気づけた。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はトランプ氏を、「イスラエルがホワイトハウスに抱える最高の友人」と呼んでいる。
しかし、トランプ前政権の政策が中東の不安定化を招いたとする批判もある。
エルサレムはパレスチナ人にとっても、民族と宗教の歴史的中心地だ。パレスチナ人は、自分たちのエルサレムに対する主張をアメリカが打ち捨てたとして、トランプ前政権をボイコットした。
また、トランプ氏が2020年にいわゆる「アブラハム合意」で、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)およびバーレーンとの国交正常化を仲介したことで、パレスチナはさらに孤立を深めた。
この合意は、アラブ諸国が地域的合意の前提条件に位置付けていた、いわゆる2国家解決策を除外するものだった。つまり、イスラエルはその前提条件を受け入れることなく、UAEやバーレーンなど複数のアラブ諸国との国交を確立できた。2国家解決とは、イスラエルがパレスチナ国家の独立を将来的に受け入れるというものだ。
そして引き換えに合意当事者のアラブ諸国は、イスラエルを承認するのと引き換えに、アメリカの高度な兵器が入手できるようになった。
これによってパレスチナ人は、紛争の双方に影響力をもつ唯一の勢力によって、かつてないほど孤立した状態に追い込まれた。自分たちを実際守るために必要だとパレスチナ人がみなしていた能力が、これでさらに損なわれた。
トランプ氏は今回の選挙戦中、ガザでの戦争を終わらせたいと何度か発言している。
トランプ氏とネタニヤフ氏は複雑で、時には機能不全に陥る関係を築いてきた。それでも、次期大統領がネタニヤフ氏に圧力をかけられるのは確実だ。
また、ハマスと接触ルートをもつ主要なアラブ諸国の指導者たちとも、次期大統領は強力な関係を築いてきた。
イスラエル政府を強力に応援したいと同時に、戦争を終結させたいトランプ氏が、その両方の要請の間でどう立ち回るのかは不明だ。
トランプ氏の盟友たちはしばしば、行動が予測不可能なのは彼の外交上の強みだと主張する。しかし、すでに歴史的な危機に直面し、紛争の絶えない不安定な中東において、彼の予測不可能性がどのような結果をもたらすかは、明らかとは程遠い。
ハマスが拘束している人質の解放と引き換えにガザ地区での停戦を実現するため、バイデン政権が着手したものの膠着(こうちゃく)している外交プロセスを、次期政権がどうやって進めていくのか、あるいはそもそも進めるのかどうか、トランプ氏は決定しなくてはならない。
中国と貿易
アメリカの対中政策は、外交政策において戦略的な最重要分野だ。そして、世界的な安全保障と貿易にも、最大の影響を与える分野でもある。
トランプ氏は前回の政権中、中国を「戦略的競争国」と呼び、中国からの輸入品の一部に課税した。これを受け、中国はアメリカからの輸入品に報復関税を課した。
貿易紛争を緩和する努力もあったが、新型コロナウイルスのパンデミックによってその可能性はかき消された。トランプ氏がCOVID-19を「中国ウイルス」と呼んだことで、関係はさらに悪化した。
バイデン政権は、自分たちはトランプ政権よりも責任ある姿勢で対中政策に臨むとしつつ、実際にはトランプ政権時代の輸入関税の多くを維持した。
貿易政策は、アメリカ製造業の雇用を守るという有権者の認識に、密接に結びついている。しかし、鉄鋼業などアメリカの伝統的な産業で長年続く雇用減少の大部分は、国際競争や国外への拠点移転と同じくらい、工場の自動化や生産形態の変化が、その原因なのだ。
トランプ氏は、中国の習近平国家主席を「素晴らしい」と同時に「危険な」人物で、国民14億人を「鉄拳」で支配する非常に有能な指導者だと称賛している。トランプ氏の習氏賛辞を根拠の一つにして、トランプ氏は「独裁者」にあこがれているのだと、民主党など対立勢力は非難してきた。
バイデン政権は中国を封じ込めようと、周辺諸国と安全保障上の協力関係を強化した。次のトランプ政権はおそらく、そのアプローチから遠ざかる可能性が高い。
台湾のことを中国政府は、最終的には支配下に置くべき分離した省と見なしている。そしてアメリカは、台湾の自治を維持するために軍事支援を行ってきた。
トランプ氏は10月、自分がホワイトハウスに復帰すれば、中国の台湾封鎖を防ぐのに軍事力など使わずに済むと主張した。なぜなら自分が「むちゃくちゃ頭がおかしい」ことを、習主席は承知しているからだと。
こう述べたうえで次期大統領は、もしそのような事態になれば、自分は中国からの輸入品に壊滅的な関税を課すつもりだとも主張していた。
(英語記事 What Trump's win means for Ukraine, Middle East and China)