2024年4月23日(火)

この熱き人々

2014年7月9日

故郷静岡で自然と生活が息づく俳句を詠み続けてきた。書きためた俳句評論集が昨年「ドゥマゴ文学賞」を受賞、注目される存在となった。現代にも生きる俳句の発信力を信じ、紡ぎ出す言葉で世界とまっすぐに向き合う。

深い自然に暮らす

 ビルが建ち並び、全国区のチェーン店の看板がそこかしこに掲げられた静岡駅から車で10分ほど離れると、いきなり風景が変わる。藁科川(わらしながわ)を渡ると、さっきまで都会と隣り合わせだった景色が、まるでいにしえとつながったような遠い懐かしさを帯びてくる。一気に時を遡っていく錯覚を覚えながら、さらに10分ほど山に向かって走ったあたりにひっそりたたずむ築180年の古民家。そこが2013年に『余白の祭』で「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞した恩田侑布子が俳句や評論を紡ぎ出す仕事場であり、生活の場であり、夫とともに守る志戸呂焼廣前心齋窯(しとろやきひろさきしんさいがま)の窯場でもある。

 パリのドゥマゴ賞は1933年、サンジェルマンの老舗カフェ・ドゥマゴの常連客だった13人の作家や画家たちが100フランずつ持ち寄って生まれた。その先進性と独創性を継承して、日本で90年に創設されたBunkamuraドゥマゴ文学賞は、既成の概念にとらわれることなく、小説、評論、戯曲、詩歌から毎年1人の選考委員が受賞作を選ぶ大変にユニークな文学賞である。

 『余白の祭』は、俳人の恩田が16年の年月をかけて書きためた俳句評論集で、そこに登場するのは山頭火、蛇笏(だこつ)、芭蕉、窓秋(そうしゅう)などの俳人ばかりか、ブッダ、荘子、志ん生、道元、ダンテなど100人近くに及ぶ。評論集というと、おおむね難解とセットだが、“余白”という自由なイメージと“祭”の解放感につられて手にすると、凝縮された17文字の余白にどれだけの世界とどれだけの時間が広がっているのか、はかり知れない俳句の力に圧倒される。

 選考委員の松本健一が、「自我に固執した自己表現にこだわるあまりに痩せてしまった近代文学を刷新する変革のエネルギーを秘めた作品」と評した恩田の現代芸術論は、深くてなお広さとやさしさをもっている。


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