2025年12月13日(土)

BBC News

2025年11月21日

ニック・トリグル健康担当編集委員

新型コロナウイルスのパンデミックへのイギリス政府の対応について調べてきた公的独立調査委員会は20日、政府の対応が「不十分で遅すぎた」ため、流行の第1波での死者数がむしろ大幅に増えたと結論した。

当時の政府の政策決定を検証した独立調査委は、2020年3月16日より前に、社会的距離の確保や症状のある人とその家族の隔離などの措置を自発的に行うよう呼び掛けていれば、その後のロックダウン政策は避けられたかもしれないと指摘した。

しかし、当時のボリス・ジョンソン内閣の行動が後手に回ったためにロックダウンは不可避となり、加えてロックダウンの実施がさらに1週間遅れたことで、イングランドでは第1波の死者が2万3000人増えたと、報告書は指摘している。

報告書は、イングランドだけでなく、連合王国を構成するスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各自治政府を批判。さらに、ロンドンの首相官邸の「混沌(こんとん)とした文化」を非難した。

調査委の委員長を務めた元控訴院判事のハレット女男爵は、極度のプレッシャーにさらされた各政府が困難な選択を迫られていたと認めた上で、「四つの政府すべてが、2020年の早い段階において、脅威の規模や対応の緊急性を理解しなかった」と述べた。

また、各政府の閣僚たちが、イギリスの準備は万端だという「誤解を招く保証」を頼みにしていた部分もあると指摘した。

委員長はさらに、政府の科学顧問たちはウイルスの拡散速度を過小評価し、パンデミックの初期には、集団免疫を確立するためウイルス拡散がピークに近づくまで行動制限を導入すべきではないと助言していたと述べた。

今回の報告書は、独立調査委が予定している10件の報告書のうち2件目。約800ページにわたる報告書は、他にもさまざまな失敗を指摘している。主な内容は以下の通り――。

・2020年春の過ちが、同年秋に第2波が始まった際に繰り返されたことは「弁解の余地がない」間違いだった。当時のジョンソン首相は、厳格な行動制限の必要性について何度も考えを変えたため、イングランドでの第2次ロックダウンは、すでに感染拡大が制御不能となっていた11月まで導入されなかった

・政治家や政府顧問による規則違反(ドミニク・カミングス氏によるダラムやバーナード城への旅行など)が、政府決定に対する国民の信頼を損なった。このため、国民が行動制限の措置を守らないリスクが大幅に増大した

・政府のパンデミック対応の中心には「有害で混沌(こんとん)」とした組織文化があり、これが政府内の助言や方針決定の質に影響を与えた

・連合王国の4カ国の自治政府にはいずれも、対策の策定と決定について問題があり、ジョンソン氏と各自治政府の首相たちの間に信頼が欠けていたことも障害となった

・ 2020年8月にリシ・スーナク財務相(当時)が提案し、ジョンソン氏が合意した「支援のために外食しよう(Eat Out to Help Out)」制度は、「何の科学的助言もないまま考案され」、「公衆衛生について国民に伝えるべき内容を損なった」

・高齢者、障害者、特定の少数民族など、弱い立場にある集団への影響は予見できたにもかかわらず、ウイルス対応を決定する際に十分考慮されなかった

・子供たちへの配慮が不十分で、内閣は学校閉鎖の影響を適切に検討しなかった

独立調査委の報告書は、ロックダウン政策が多数の命を救った一方で、ロックダウンによる傷跡は社会に長く残ることになったと指摘。子供は普通の子供時代を送れなくなり、コロナ以外の治療は遅滞し、格差は悪化したと述べている。

イギリスで最初のロックダウンが始まった2020年3月23日よりも1週間早くロックダウンを実施していれば、2万3000人の命が救われたかもしれないとする予測モデルは、2021年に作成されたもの。2万3000人とは、2020年7月1日までの第1波の死者数が48%に相当する。

しかし報告書は、パンデミック全体の死者数(2023年に終息宣言された時点のイギリスの死者数は22万7000人)が減ったかどうかは、示していない。パンデミック全体への影響は、パンデミックの進行中に死者数の増減に影響したかもしれないさまざま要因が作用するため、判断が非常に難しい。

ワクチン接種プログラムを称賛

調査委は一方、政府が推進したワクチン接種プログラムの展開ぶりは「驚異的」だったと称賛。感染リスクが高いグループが優先的にワクチンを受けられるように、時間に余裕を設けるなど、このワクチン接種計画が2021年初頭のロックダウン解除につながったと評価した。

調査委はさらに、以下の内容を含めてさまざまな提言を行っている。

・病気や対応措置によるリスクが最も高い人への影響を、より適切に考慮すること

・政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)に、従来より幅広く科学者が参加するようにする。SAGEに自治政府の代表も参加するようにするほか、対策の経済・社会的影響を助言する専門家グループを設立すること

・連合王国の4カ国において、緊急時の意思決定構造を改革・明確化すること

・4カ国同士の緊急時のコミュニケーションを改善すること

新型コロナウイルスによる死者の遺族団体「正義を求めるCOVID-19遺族」のデボラ・ドイル氏は、パンデミック対策を指揮する政府幹部が別の顔ぶれだったなら「どれだけの命が救われたか、悲痛な思いがする」と述べた。

「ボリス・ジョンソンとその同僚たちが対策を指揮していなければ、私たちの家族の多くは今でも生きていたはずだと、分かってしまった」とドイル氏は言い、「パンデミックを通じて、ボリス・ジョンソンは国民の安全よりも自分の政治的評判を優先した。イギリスが断固たる行動を必要としていたとき、彼は自分を批判する者たちに迎合した」と語った。

ジョンソン元首相はまだ、委員会の調査結果に反応していない。

一方、パンデミック初期にジョンソン氏の上級顧問だったカミングス氏は、調査を「隠蔽(いんぺい)と歴史の書き換えを混ぜ合わせたもの」と非難した。

カミングス氏はソーシャルメディアに、報告書公開前に自分は調査結果に反論する機会を与えられたものの、それは「インサイダーの腐敗」だと宣言して辞退したのだと書いた。

カミングス氏は、政府顧問の専門家たちが「自分たちに、ほとんど何もしないよう助言し」たほか、イギリスは(2020年)9月までに「自然に集団免疫」を獲得するのだから「厳格な行動制限には反対した」のだとも書いた。

調査委の報告書について現首相のキア・スターマー氏は、政府が調査結果と提言を「慎重に検討する」と述べた。

スターマー首相は、大規模な危機が起きた際の政府の対応方法は改善されているとしつつ、「地方自治体や、国民保健サービス(NHS)などの公共サービスは、非常に圧迫されている状態にある。その多くは、パンデミックから完全に回復していない」と述べた。

「パンデミックのコストは、依然として政府の財政に重くのしかかっている」とも、スターマー氏は強調した。

野党・自由民主党のエド・デイヴィー党首は、最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首に対して、パンデミックの間の政権党だった保守党を代表して謝罪するよう求めた。

デイヴィー氏は、ロックダウンは回避できたのかもしれないと知らされるのは、「衝撃的だ」と強調。「この悲劇を二度と繰り返してはならない」と述べた

報告書は、連合王国の四つの政府の行動を検討し、計画や意思決定に関する批判を含めた。

報告書に対して、パンデミック当時のスコットランド首相だったニコラ・スタージョン氏は、「前例のない不確実な」危機だったため、誤りが生じるのは「避けがたい」ことだったと述べた。

スタージョン氏は、自分は「利用できた最良の助言と情報」に基づいて決定を下したと付け加えた。

北アイルランド自治政府のミシェル・オニール首相は、この報告書を「歓迎すべき節目」と呼び、得られた教訓は「将来のパンデミックや社会全体の緊急事態への備えと対応に反映されなくてはならない」と強調した。

ウェールズでは、エルネッド・モーガン首相が、ウェールズ自治政府は「教訓を学ぶことに注力する」と述べた。

パンデミック当時のウェールズ首相だったマーク・ドレイクフォード氏は、政府のパンデミック対応を擁護し、「可能な限り最善の方法で行動した」と述べた。

(追加取材:カチェラ・スミス)

(英語記事 UK did 'too little, too late', leading to thousands more Covid deaths, says inquiry

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c2313jg1r9xo


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