2022年10月2日(日)

【開業50周年記念】 My Memories of the 東海道新幹線

2014年8月15日

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 1本も失敗せずに、岩井さんは仕事をやりとげた。国内メーカーが製作した原子力発電所の約半数に、岩井さんのシリンダーが組み込まれている。福島第一原子力発電所の国産原子炉も、そのひとつだ。災害時にシリンダーが確実に動いたことは知らされたが、高度な技術力を伴った施設を間違いなく運営することの難しさを痛感した。

 「原発の仕事は、結局、苦労ばかりで儲からなかった」と岩井さんはふりかえる。しかしこれが、「シリンダーなら岩井製作所だ」という評判を呼び、やがて新幹線用のシリンダーにまでつながった。

 もっとも「旅行をするのもドライブ派だった」という岩井さんは、300系に関わるまで新幹線に乗ったことはなかった。「子どもが幼い頃は、開通して間もない新幹線を多摩川の河原まで見に行きましたけどね」。月日が巡って、自分がその仕事をするとは思いもよらなかった。

 新幹線の部品もまた、乗客の命につながるものだから、慎重に作業を進める。微妙な精度は、金属の切削音の変化で判断する。また金属は、高速で回転させながら削ると、熱をもって膨張する。だから常温に戻って収縮したときの変化も、頭に入れておかなければならない。金属もまた、木材のように“生きている”のだった。

 岩井さんは、他にも瀬戸大橋のワイヤーを制御する部分のシリンダーを担当。88年の開通式には招かれて参列した。いわば金属加工を通して、半世紀近くに及ぶ日本の成長を見つめてきたことになる。

 77歳になった今も引退するつもりはない。「金属の加工は面白いですよ。目の前で形が変わって行くのが見えるんですから」と話す瞳は、子どものように輝いていた。

 最新技術の粋である新幹線も、部品まで辿れば、実はこんな熟練の職人技に支えられているのだった。

[特集]東海道新幹線開業50周年

◆Wedge2014年7月号より









 

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