カーネギー財団モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長といえば、ロシアを代表する国際政治学者として知られる。といっても生粋の学者出身ではなく、もとはソ連軍の軍人であり、堪能なドイツ語と英語を活かして米ソの核軍縮交渉にも参加したという人物だ。それだけに、トレーニンの論考には広い国際的視野と大胆な戦略的発想が見られる。
同時に、米国のカーネギー財団で要職を占めていることからも明らかな通り、トレーニンの議論は西側の人間にとっても理解しやすいリベラルな色彩が強かった。同じ軍人出身といえども、前回取り上げたイワショフのようなタカ派とは正反対と言ってもよい人物である。
ところが、8月22日にカーネギー財団欧州センターのサイトに掲載されたトレーニンの論考は、こうしたイメージを大きく覆すものであった。端的に言えば、今回の論考でトレーニンは、ウクライナ危機以降にロシアで高まった国家主義と西側との決別を(ある箇所では積極的に、別の箇所では消極的に)擁護しているように見えるのである。
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【翻訳】ドミトリー・トレーニン「ロシアの新たな国家戦略」(カーネギー財団欧州センター、8月22日)
ウクライナを巡る現在進行中の危機の最中、クレムリンは新たな国家戦略を採択した。これはロシアにおいて、過去2年間にわたって説得力を増してきた傾向の結晶である。そしてこの展開は、ロシアと西側諸国との間における現在の危機だけに留まるものではなく、ロシアの隣人達、特にEUに関して重大な結果をもたらすものだ。
その本質をここで述べるならば、ロシアの未来はその他の欧州諸国と別の方向性を歩むとクレムリンが見ているということである。ウラジミール・プーチン氏が「リスボンからウラジオストクに及ぶ大ヨーロッパ」構想を提唱したとき、欧州諸国からは冷たい反応しか得られなかった。そして、この構想はまさにその提唱者本人によって取り下げられようとしている。代わりにロシアは、経済発展、政治システムの結束、軍事力の強化を目指す手段として、自前の資源により強く依存することになろう。
ロシアの発展モデルが自給自足的なものになることはないだろうが、かといってグローバリゼーションの果実に過剰に依存する事もなくなるはずである。というのも、最近の対露制裁により、果実は突然酸っぱくなることもありえるのだとモスクワは学んだからだ。そこでロシアは輸入代替による工業化や国内農業生産といった事業を進めるとともに、金融上の自律性を高めるための措置を追求するだろう。