私の上司、つまり月刊「WEDGE」の編集長だが、少子化時代に珍しく、子どもが3人いる。「子どもができると、地域に関心を持つようになる」「子どもと遊んでやる大人が少ない」「何でも行政頼み」とボヤキながら、「早くお前も結婚しろ」と、日々ドヤされている。そんな7月の某日、「鹿児島に面白い活動をしている村があるから行ってみないか?」と、声をかけてきた。「新手の結婚誘導策か?」と訝りつつも、その村「やねだん(柳谷=「やなぎたに」を薩摩言葉でそう言う)」集落のリーダー豊重哲郎さんの資料を渡されて、驚いた。高齢者が4割以上の地区で、住民を挙げて芋栽培、焼酎を造り、利益をボーナスとして住民に還元、人が住まなくなった空き家に芸術家を誘致して住んでもらう……。
普通、「村おこし」と聞けばどのようなことを思い浮かべるだろうか? 私は、何かしらの施設を作ったり、イベントを開催したりして「観光名物」を作り、外部から人を呼び込むというものをイメージする。東京から県へ、県から市町村へとお金が流れ、そのお金で、都会に負けないハコモノを作り、イベントを行う。そうしているうちに、人びとは手っ取り早く都会に出かけ、そして戻って来なくなる。かくいう私も、そうして田舎を捨てて、いま東京に住んでいる。しかし、やねだんの活動は、むしろ、そこに住む人たち自身が楽しむために、より暮らしやすくするために行われているように思えた。「隣ならぬ“都会”の芝は青い」ではないものを感じた。これは単なる「村おこし」ではないと思った。知れば知るほど、早く行ってみたくなっていた。
主役は地域の住民
7月後半、九州北部を中心に、九州・中国地方は、大雨に見舞われた。欠航を心配した飛行機は無事飛んだ。だが、着陸というときになって鹿児島空港上空には雨雲がかかり、着陸が難しいという。機長の言う通り、一度は着陸を仕切り直し、飛行機は急上昇。ジェットコースターみたいだ。「次のトライが失敗したら羽田に引き返します」とアナウンスが流れたが、今度は窓から地上が見えた。これならなんとかと思っていると無事に着陸した。が、1時間に一本しかないバスの発車まで3分。猛ダッシュでバス乗り場へ。「鹿屋行きはどこですか?」とバス会社のおじさんに聞くと「あれあれ、走って」と指さされたが、非情にもバスは走り去って行った。豊重さんのご自宅に、約束の時間を1時間ずらしてほしいと謝罪の電話をすると、奥様が「それは大変でしたね」と労ってくださった。それから1時間、バス乗り場の前にある足湯につかりながら、バスを待った。
1時間後、満を持して鹿屋行きのバスに乗った。乗客は私を入れて4人。雨は止み、霧のなかに濃さを増す緑が南国らしく思えた。1時間半で鹿屋に到着。バス停の側に豚カツ屋さんがあり、香ばしい匂いが外までしていた。さすが鹿児島だ。そこからタクシーで、やねだん地区へ。まずは、地方取材での鉄則、運転手さんから地域情報を探る。昔は、鹿屋を通って大隅半島をぐるっと回って宮崎まで電車が通っていたが廃線になったらしい。郊外にチェーン店が増えて中心部が寂れた。鹿屋の産業と言えば自衛隊くらい、等々。最後には「まぁ、景気は良くないですよ」と薩摩なまりで、運転手さんはため息をついた。多くの地方がそんな状況だからこそ、やねだんのような取り組みは光るんだと改めて思う。