では今回、サウジアラビアが武器輸出を含む大掛かりな経済協力でロシアに接近した背景は何だろうか。第一に考えられるのは、イランの核開発に関する枠組み合意が今年3月に成立したことであろう。これによって「悪の枢軸」であったイランが、西側との関係正常化を果たす可能性が出て来てしまった。
第二に、シリア情勢が挙げられる。サウジアラビアはシリア攻撃がロシアの仲介で空振りに終わった後の2013年11月、内定していた国連安全保障理事会の非常任理事国入りを辞退するという前代未聞の行動によって、攻撃を見送った米国に強烈な不満を表明した。さらに近年では、「イスラム国(IS)」の台頭によってアサド政権の退陣論が下火になってしまったこともサウジアラビアの不満の種だ。
サウジアラビアの対露接近は成功するか?
このようにしてみると、サウジアラビアの対露接近の基本的な構図は変化していない。イランとシリアという宿敵に対するロシアの支援と煮え切らない西側(特に米国)への不満がその根底にあるということになる。こうした中でサウジアラビアが米国のロシア包囲網を抜けるかのようなそぶりを見せるとともに、ロシアの歓心を買うことでシリア・イラン情勢を有利に導きたいというのが思惑であろう。
ロシアとしても、「西側の包囲網などは幻想だ」という従来の立場を強化するとともに、関係強化によって原油価格の下落という状況を打破することを狙っていると見られる。
ただし、前述のようにロシアはイランやシリアに戦略的利害を有しており、サウジアラビアとは根本的な隔たりを抱えている。ただし、一時期は劣勢と見られたISが再び勢力を盛り返し、シリアのアサド政権にロシアが見切りをつけるならば話は別である。
ムハンマド王子は本当にロシアを訪問するのか、そしてそこでいかなる合意が成立するのかは、今後の中東秩序を巡る一つの試金石とも考えられよう。
※追記
本稿の脱稿後、ムハンマド王子はロシアを訪問した。
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