とはいえ、今回の取引所による警告が、日本のIPO市場が抱える構造的とも言える問題点を改めてクローズアップした感があることも否めない。それは、日本におけるIPOの多くが、米国と比べて早産とも言える状況で実施されるという事実である。
例えば、野村資本市場研究所の淵田康之氏の分析によれば、2014年時点で日本の上場会社のうち時価総額100億円未満のものが1500社近くあるのに対し、資本市場全体の規模がはるかに大きい米国では、時価総額100億円未満の上場会社の数は日本の半分程度に過ぎないという。米国で話題を呼んだグーグル、リンクドイン、フェイスブックというような若い企業による大型IPOは、日本市場ではほとんど見られない。
このように、時価総額規模の小さい上場会社が多いという市場構造は、様々な問題点にもつながっている。時価総額が小さく、しかも創業者やその関係者が保有する株式の比率が高いベンチャー企業に対しては、投資規模の大きい機関投資家は安心して投資ができない。実際、東証マザーズなどの新興企業向け市場では、取引高の8割以上が個人投資家によるものであり、プロである機関投資家の判断が価格形成に寄与していない。
IPOに際しては、主幹事証券会社が、プロである機関投資家に適正価格についての意見を求めるブックビルディングを行うのが通例である。しかし、ブックビルディングに参加する機関投資家が、実際に多額の投資を中長期にわたって行うわけではない。初値形成はムードに左右されやすい個人投資家が中心となって価格が跳ね上がりやすい。
公募株式を入手した投資家は、初値が割高な水準で形成されても瞬時に利益を得られるので、むしろ公募価格から乖離した初値を歓迎するが、そうした価格がついてしまうと、その後、中長期的に株価が低迷し、上場後の増資による資金調達が困難になるという弊害にもつながりやすい。
VCが早期上場を強要する 日米の投資構造の違い
日本のIPOが、早産型になりやすい背景には、日米のベンチャー投資の構造的な違いも影響している。未公開のベンチャー企業へエクイティ資金を供給するのが、ベンチャーキャピタル(VC)の役割だが、VCは、投資家から募った資金でファンドを組成しており、予め定められた期間内にファンドを償還しなければならない。ファンドの償還は現金で行うのが原則であるため、VCは、投資先企業に償還期限までに、少々無理をしてでもIPOを実施するよう迫ることになりがちである。
米国のVCも投資先企業のIPOを大きな目標としている点は同じだが、もう一つのエグジット(出口)として、大企業等によるM&Aを模索することにも積極的である。また、米国のVC投資家は、ファンドの償還時に未上場株をそのまま受け取ることを容認する場合も多く、十分成長していない段階でIPOを強行する必要性が低い。
しかも、最近では、原則としてプロ投資家だけが参加できる未上場株の流通市場が一定程度形成されており、フェイスブックなどの話題企業の株式は、IPO前にある程度売買されていた。そうした仕組みを通じてストックオプションなどで自社株を入手した役職員も換金できたので、社内からもIPOを急がせるような圧力は強くなかったようである。
このように、日本のIPO市場が抱える構造的とも言える問題は小さくない。日本では、ベンチャー企業の振興やリスクマネー供給の拡大といった政策課題が、ともすればIPO社数の多寡ばかりから語られがちだが、未熟な上場会社が投資判断のプロとは言えない個人投資家の思惑だけで値付けされるような市場が拡大しても、真のベンチャー企業振興、新産業創成にはつながらないのではないだろうか。
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