2024年11月22日(金)

今月の旅指南

2009年10月1日

 

 江戸時代、朝鮮国王が幕府に派遣した外交使節団「朝鮮通信使」。その行列を真似たとされる「唐人踊り」が、三重県津市の津まつりで披露される。

 祭りの起源は寛永12(1635)年、津藩の2代目藩主、藤堂高次が町の繁栄を願って、八幡神宮の祭礼を命じたのがはじまりだ。費用を藩から貸し出すなどして祭りを奨励したため、どんどん盛大になっていったという。

 「唐人踊りは祭りの出し物として翌年から行われるようになり、戦争による数年の中断はありますが、370年以上、踊り継がれてきたんですよ」

 と話すのは、津まつり実行委員会会長の大橋達郎〔たつお〕さん。ちなみに、津市は朝鮮通信使の行程経路には入っておらず、旧東海道で行列を観た町民が考案したとも、殿様の発案ともいわれている。

鮮やかな色彩の衣装で踊りまくる唐人
写真:川崎幸雄

 現在の唐人踊りの行列は、踊りと演奏をする「役唐人〔やくとうじん〕」10人と、旗などを持つ「お供」13人の合計23人で構成。通信使における正使を表す「大将」以外は、ユーモラスな唐人の面を被り、ロッペといわれる鮮やかな色彩の長衣を身につけている。そして、雅楽の「越天楽」を基にした「道ばやし」という曲に合わせて行進し、2日間で約300軒以上を訪問、軽妙な踊りを披露する。

 「唐人踊りのほか、鬼の面を被った“しゃご馬”や“八幡の獅子舞”も古くから伝わる祭りの出し物ですが、すべて縁起物なんです。昔は、花街に行って芸妓さんたちを追いかけたり、草履のまま座敷へ上がったりしたそうですが、縁起が良いと喜ばれたそうですよ」

 子どもや若い女性は、唐人やしゃご馬に追いかけられると怖がって逃げるが、それも祭りの風物詩。津っ子が必ず通過する、ほろ苦い“洗礼”らしい。

 唐人踊りやしゃご馬などの伝統芸能とともに、市では「高虎時代行列」や「市民総踊り」和船山車の「安濃津丸〔あのつまる〕」「安濃津よさこい」といった新しいイベントも次々と実施。今では39万人もの観客が訪れる、大規模な祭りとなっている。


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