「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2015年9月2日

»著者プロフィール
著者
閉じる

岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 そこで、私は「サスティナブルヴィレッジ木島平を目指して」との演題で、中学生や高校生から村議員や小中学校・高校の先生、村民の参加者へ講演をしました。

木島平村で筆者の講演後に開催のパネルディスカッション。右から日台正博木島平村長、野田昭彦さん、小国善弘さん、前川喜平さんと筆者。2015年8月16日

 サスティナブルの単語が一般に普及したのは1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会」による「われら共有の未来」と題する報告書において、「持続可能な開発(Sustainable Development)」という概念が提唱されたことによります。

 この「持続可能」を「消滅都市」に指定された木島平村に当てはめると、「子どもを増やし続けること」と考えました。

 そこで演題を、再生に向かい4,700人ほどの村民みんなにエールをおくる気持ちを込めて「サスティナブルヴィレッジ木島平を目指して」としました。

 内容は、「『社会的親』が育てる22人の小規模校の宇治市立笠取小学校」の杉本厚夫関西大学教授から学んだ実践の紹介や、「社会教育を活かしたサスティナブルなまち育て~沖縄県竹富島の『竹富憲章』で島育て」の人口を増やしてきた実践、「お年寄りが元気に稼ぐサスティナブルなまち育て~徳島県上勝町の『葉っぱビジネス』で若い家族がU・Iターン」の話、少子化で廃校寸前までいったところを町が住宅を10戸新築して若者家族を誘致することで小学校の児童数を増やした「島根県会見町(現南部町)立会見第二小学校~存続委員会のサスティナブルなまち育て」の実践などを話しました。

 また、木島平には高校があるので「高校が村にあることの価値」の視点から、以下の高校事例も紹介しました。

 高校内に生徒が運営する「高校生レストラン」を開店して名をはせた三重県立相可(おおか)高校のその後の実践です。

 同校の地元多気町と自治会と高校とが融合して「五桂池ふるさと村」を2002年に新築しました。

 この施設には、同校の食物調理科の生徒が運営する「まごの店」や、この活動から卒業生が働く惣菜店「せんぱいの店」も開店し、「おばあちゃんの店(農産物直売所)」とともに大繁盛し、年間32万人が訪れ独立採算での運営に発展していきました。

 これらの成果から同校は「卒業生の離職率が50%から5%に激減」し「県内トップレベルの志望者数に」なり、「求人倍率も4倍に」上るようになったことから、相可高校は多気町のまち育てに大きく貢献するようになりました。

 また、本島から高速艇で2時間半もかかる離島にあり、生徒数の減少から廃校の話が出てきた「島根県立隠岐島前高校のサスティナブルなまち育て」は、海士町を含む離島3町村が公立塾「隠岐國学習センター」を創設(月謝1・2年生1万円、3年生1万2千円)し、都会で疲れた有名大学の卒業青年などを講師として確保して国公立大学進学の学力も保障するように改革した話です。

関連記事

新着記事

»もっと見る