桐生知憲の第四社会面

2015年9月8日

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言葉の暴力ではない これは暴力だ!

 右派系市民グループに所属するある男性は、「根拠を持って我々はやっている」などと自身を正当化するが、「ゴキブリ、蛆虫」「殺せ」発言に正当性など存在するはずがない。しかも、こうしたデモや街宣をやろうと思った理由が「ストレートに感情を表現しているから」とのことで、言われる側の心情を全く考えていないので手に負えない。

 この問題を長く取材し、『ネットと愛国』などの著書がある安田浩一氏は、ある集会で、「これは言葉の暴力ではない。これは暴力なんです。絶対に許してはいけない」と語気を強める。しかも、最近ではヘイトスピーチでも何でもない表現や発言をヘイトスピーチとして捉え、ヘイトスピーチの法規制が表現の自由を脅かすという誤解を生んでいる雰囲気があることに危惧を示していた。

 筆者の記憶では、2013年の春ごろからヘイトスピーチという言葉を見かけるようになった。そのころからヘイトスピーチを行うデモに対し反対行動をする動きも活発化した。そして法規制を求める声が被害者や関係者だけでなく国会議員からも聞かれた。あれから2年以上が経過しているのに、相変わらず「表現の自由がどうだ」とか言って遅々として進んでいない現状に筆者は愕然としている。

 当初は筆者も法規制には慎重であるべきだという考えを持っていたが、差別を扇動するデモを何度も目の当たりにするうちに、法規制は必要だと考えるようになった。2年前にも人種差別を禁止する雰囲気を醸成し、その実態を調査するために法律が必要だという意見が出ていた。しかし、いまだに同じことを訴えなければいけない人たちがいる。

 審議されている法案には罰則はなく、その効果を疑問視する意見もあるが、まずは「人種差別は絶対に許してはいけない」という社会を作り出す意味で法案の速やかな成立は当然のことだと思うのだが。2日の院内集会では、民主党、共産党、社民党などの野党議員が出席して、早期の成立に向けて頑張りたいなどと力を込めたが、与党議員の出席はなし。自民党議員の秘書が出席していたと集会の主催者は話していたが、慎重とされる与党議員こそ耳を傾けるべきではないか。

 堅苦しく書いてきたが、つまりは「積極的平和主義」だかなんだかわかりにくい法案に血眼になるより、人が尊厳を保って生きていくことができる当たり前の法律を作るほうがわかりやすいと思う。それとも、戦争ができる国にするためには人間の尊厳など必要がないということなのだろうか。人種差別を撤廃するための法案が継続審議、もしくは廃案となるような国が、「美しい国、日本」などと世界に誇ることができるはずがない。

  
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