2024年12月23日(月)

対談

2015年10月28日

自由が小さくなる社会


毛利 SEALDs以前の状況に話を戻すと、官邸前で反原発運動を行っていた中の少なからぬ人々が、反ヘイトスピーチ運動や反秘密保護法運動に移って行きました。反ヘイトも、首相への直談判や法制化に向かって、最終的には国家に責任を取らせる方向に行きがちです。もちろん現在のヘイトスピーチの状況はあまりにも酷いので、これをなくすことはとても重要なので、その運動には反対はしないけれども、規制の法制化だけが必ずしも解決策の全てだとも僕は思っていません。

 というのは、ヘイトスピーチや排外主義は本来的には市民社会が解決すべき問題であって、国が過度に介入すべきじゃない、あるいはできない問題ではないかとも思うのです。外国人を差別しちゃいけないとか、そんなの当たり前だろって思っているけど、実際にそれを法制化するのは技術的にすごく難しいと思うんですよね。在特会(在日特権を許さない市民の会)の活動は、現行法でもかなり取り締まれるはずなんですよ。

五十嵐 全然できますよ。

毛利 やってないのは意図的な怠慢だと思うんですよね。政府にまずは現行法で可能な限り対処しろと言いたい。ヘイトクライムとしか呼べないような犯罪的行為がほとんど放置されている。むしろヘイトスピーチ禁止を法制化しようとしても、何をもってヘイトとするのかわからないという問題があります。現在は外国人やマイノリティに対するものだと認識されているけれども、たとえば福島の人たちについての差別をどう考えるかとか、法制化の過程でいろいろな方向に拡大解釈されてしまうでしょうし、それを法的に判断する能力はないと思うんです。

 それに、マイノリティにとってはある程度まで言葉を自由に使えることも必要で、汚い言葉や強い言葉が最大の武器になる局面も避けがたくある。反ヘイトの法制化はそれを奪ってしまう面があるんですよね。

五十嵐 なるほど。

毛利 それこそ「安倍死ね」みたいな言葉が法で取り締まられるようになりかねない。安倍さん自身も自分がマジョリティだとは認識してなさそうだから、反ヘイトスピーチ法案を擁護する側に回ろうとするかもしれない。今の政権の下で安易に法制化を急ぐことは国からの表現自由への介入を呼びこむことになりそうです。むしろ国の権力を一定程度制限していくことが同時に目標にならないといけないんだと思うんです。

五十嵐 当たり前のことですが、領域によりますよね。反ヘイトスピーチに関しては僕も全く同意ですし、放射能関連の情報発信もどんどん市民が勝手にやっちゃったほうがいいという立場ですけど、たとえば労働問題では国の規制があるのに守られていないことが多くあって、国に一層の関与を求めていかないといけない領域があります。規制緩和や特区がひどい状況を生む領域もあるので、そこは丁寧に議論しないといけない。

毛利 国家にしかできないことの最たるものは所得の再分配ですが、それがないがしろにされていますしね。むしろますます縮小しようとしている。

五十嵐 そうなんですよ。たとえば特区でも規制緩和だけでなく、1日8時間以上絶対に働かせない特区とか、父親が産休を取らなければいけない特区があってもいいはずです。ワークライフバランスを求める優秀な居住者が増えて地域が活性化するかも知れないのに、でもそういう方向の議論が、まったくされていないですよね。労働分野も経済分野も基本的には規制緩和に向かっている。国家の関与が良いか悪いかではなく、イシューごとの丁寧な実証を基にした議論が必要なんじゃないかと思います。その一方で、ここまで一元的に管理しなくていいという領域にまで、規制強化する方向に向かっている分野もある。

毛利 大学に対するスタンスは完全にそうですよね。

五十嵐 そうですね。一方で経済界にはフリーハンドを与えようともしているので、すごく内在的な矛盾をはらんだ国家観のアマルガムになっています。

毛利 少し前までは北欧型福祉国家を目指すべきだという声が強くて、左派の間でもその意見が多かったのですが、結局日本はその路線は取れないでしょうね。そもそも社会の成り立ちが違う。かといってアメリカみたいに自由主義の国になるとも思えなくて、今は目指すべきモデルがなくなってしまった。

五十嵐 そうでしょうね。

毛利 今では、ネオリベに親和性の高い自由主義に行くことが唯一の選択肢として提示されているけど、その時にどう再分配の問題をあらためて取り上げることが重要ですね。

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