2024年5月2日(木)

土のうた 「ひととき」より

2016年5月22日

 翌朝ホテルで、電動アシスト自転車を借り散策する。善知鳥(うとう)神社。春日神社の能舞台。壮麗な金刀比羅神社。大安寺では北限の椨(たぶのき)に出会う。金の採掘坑道。巨大な精練所跡。相川の町はそこかしこ金山の余薫がにじむ。自転車をこぎながら、ああ、この感触なにかに似ていると思った。そう。毀(こわ)れかけた陶胎を金でつないだ茶盌(ちゃわん)だ。金づくろいの茶盌のなかに迷い込むようなのだ。京町通りに行こう。高台への発進は電動アシスト自転車の出番だ。スイーッ。そよ風に押されるみたい。感じのいいおばあさんに出会った。91になるという。すっとした背筋がものさびた町に似合う。遠いまなざしで、「そやなあ」といいさした抑揚は雅びとしかいいようがなかった。北前船や貴顕の遠流(おんる)など、佐渡は上方文化の影響をつよく受けてきた。

 「閑かな町ですね」

 「そやそうです。ここもそこの家も、いませんもん」

相川の町は山が迫り、高台が手の届くところにある。画面手前は慶長・元和初期創建の寺町であり、小学校4年の赤水さんは妙円寺山門の絵を描き、全国の展覧会で表彰され美術にめざめていった


  指さされた廃屋に住みたい。冬の間、シベリア風を聴きながら本を読もう。蟹の身をせせりながら、地酒「金鶴上弦の月」を舐めるように味わう。風のまにまに時鐘が海山をゆるがす。この島に生まれた人々の足音を聴きたい。世界地図を日本で初めて作った柴田収蔵(しゅうぞう)、神霊のような舞妓を描いた土田麦僊(ばくせん)、北一輝、佐々木象堂(しょうどう)、三浦小平二(こへいじ)……。

 母のふるさと国中平野で、赤水さんは10歳上の叔父によく遊んでもらったという。

 「かるがもの子をつかまえてきて、柵を造って飼ったんだ。でも、次々逃げられてね」

 笑う少年。その時、自然の全てがあっただろう。

 2日目の別れ際、赤水さんがつぶやいた。

 「名物や名作といわれるもののほかに、数知れない名品が生まれ続けたでしょう。そのほんの一部に日が当たっただけではないですか」

 翳りのなかに豊饒な美がある。人間国宝の口から出た美しい一つの思想である。

(写真・雨宮秀也)

●伊藤赤水作品展示館
<所在地>新潟県佐渡市下相川808 (車で両津港から約50分、小木港から約60分)
<問い合わせ先>☎0259(74)0011

◆佐渡へのアクセス
新潟港から両津港へカーフェリーで約2時間30分、高速船ジェットフォイルで約1時間15分 直江津港から小木港へカーフェリーで約1時間40分

  
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◆「ひととき」2016年1月号より

 


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