ニット産地として知られる山形を拠点に、どこにもない糸づくりにこだわった独創的なニット製品を次々に発信。オーダーに合わせて作るのではなく自ら発想し開発するユニークな手法で、世界基準を超えるものづくりに挑む。
東京駅から山形新幹線で3時間弱。山形駅で、1時間にほぼ1本の左沢(あてらざわ)線を待つこと40分。寒河江(さがえ)駅までまた30分。さくらんぼで有名な人口約4万人のまちは、真冬の静けさに包まれていた。
このまちに、世界の有名ブランドを相手に取り引きを展開し、都内にもショップを持ち、大奮闘している工場があると知らせてくれたのは1枚のカーディガンだった。2009年、オバマ大統領の就任式でミシェル夫人が着用したニナ・リッチのカーディガンは、寒河江市にある会社、佐藤繊維が産み出した糸で編まれたものだったのだ。
フォーマルな就任式の場でニットの服を着るのはいかがなものかという声もあったが、そのシルクのような美しい光沢と繊細な柔らかさがもたらす気品は、カジュアルというニットの概念を大きく変貌させた出来事でもあった。
佐藤繊維の4代目の社長である佐藤正樹がこの事実を知ったのは、少したって届いたニナ・リッチからのメールだった。
「ミシェル夫人の着たカーディガンはあなたの糸で編んだものですと教えてくれて、もう感動しました。苦労して世に出した毛糸が生かされたという喜びはもちろんですが、糸を作った者にまで感謝を伝えるという姿勢にも感動したんです。日本ではブランドが主役で背景はすべて裏方であり、下請けであり、隠されてしまう存在だから」
ミシェル夫人が、同年のノーベル平和賞の授賞式でまた同じカーディガンを着用したときにも、再び感謝のメールが届いたという。