夕べ歩いた宍道湖(しんじこ)が胸に満ちてくる。たそがれの汀(なぎさ)に足音がサクサクサクサク響いた。みぎわは蜆(しじみ)の貝塚さながら。お昼の蜆汁の余韻が身にふくよかに残りつつ、はるかな時間の堆積を踏んでいた。田んぼの横に蜆舟の舟着場があり、小舟に夕闇が溜まっていた。「景」は身体の記憶にとどく。思い出すのは、ほぐされることなのだろう。
宍道湖の蜆舟は、いいしれぬ郷愁をさそう。小泉八雲は明治半ば、蒸気船で出雲大社へ湖上参拝したそうな
捨てて、生き返る
三原邸は玄関に入るや異次元空間。宇宙のようなオブジェ陶の向こうに野山が拡がる
「宍道湖の奥のこの谷、仙境みたいですね。これからどこに向かわれますか」
「自分のなかにまだ自分の知らない可能性があるんじゃないかと信じています。それを見てみたい。目標を持つと、そこが限界になる。もっと大きく遠くまで行こうと、自分が正しいと思う方向に任せて自由に進みます」
死んで生きる、ということばをおもう。輪廻転生は現実の死を必須としない。いま生きているいのちの反転、それこそが転生ではないか。カオスに帰って、ゼロから復元する力を三原さんは信じてきた。大学、民芸、装飾、高台、シンメトリー……次々に捨て、生き返り続けた。三原さんの地平への行脚は、ひろい共感の場に転生し続けるだろう。
(写真・石塚定人)
工房は山裾の小川に沿って高低差がある。柱も梁も天井も杉の無垢材で清潔感いっぱい。制作中の「景」シリーズは、航海を待つ帆船のようにもみえる
●三原研工房
<所在地>島根県松江市宍道町上来待1715-7
(山陰本線玉造温泉駅から車で約10分)
<問い合わせ先>☎0852(66)3020
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