12月17日の午前0時になると、境内のすべての明かりが消され、若宮が社殿からお出ましになる。多数の神官が捧げ持つ榊に幾重にも囲まれ、白布で包まれた若宮は、約1キロ離れたお旅所へ向かう。「おおー」という神官の不思議な声が闇に響き渡ると、日常の世界はたちまちに消え去ってしまう。
お旅所は私が勤務する奈良国立博物館に接して設けられている。本当にすぐ脇にあるので、わが家の子どもたちがまだ小さかった頃には、若宮は博物館に遊びに来るのだと説明していたものだ。お旅所には、皮付きの松の柱に松葉で屋根を葺いた仮殿が立っている。皮付きの松の柱が黒いので、黒木の仮殿とも呼ばれる。
若宮がお旅所に着き、黒木の仮殿にお入りになると、まず神饌(お供え)が捧げられる。米を青黄赤白に染め分けて飾った「御染御供(おそめごく)」と呼ばれる特殊な神饌である。
夜が明け、そして午後になると、約一千名のお渡り行列がお旅所に順次到着する。その間に、春日の参道では競馬(くらべうま)や流鏑馬(やぶさめ)もおこなわれる。午後2時半からはお旅所祭。黒木の仮殿の前に芝舞台があり、午後3時半ころから午後11時ころまで、神楽(かぐら)、東遊(あずまあそび)、細男(せいのう)、田楽、猿楽、舞楽など、さまざまな芸能が奉納される。
若宮が社殿を出られるのは、12月17日の午前0時から午後12時までの24時間以内。その間に、人々はさまざまな芸能を奉納して若宮に喜んでいただく。これがおん祭である。
神様は楽しいことが大好き。若宮はまだ1007歳でとてもお若いのだから、なおさらである。若宮に喜んでいただき、代わりに五穀豊穣などをお願いする。
午後11時を過ぎると、若宮はもとの社殿へお帰りになる。シンデレラと同じで、12時を過ぎてはならない決まりになっている。お帰り(還幸)の神秘的な行列のあとに、私も続いた。