クマムシは、そのへんのコケや海中に生きる、全長0.5ミリほどの虫である。
生物学では、のそのそ歩くクマムシのために作られた分類項目「緩歩動物門(かんぽどうぶつもん)」に分類される。小さな生物だが、その見た目や動きから、最初にクマムシを見つけたドイツ人研究者が「Water Bear(小さな水熊)」と名づけ、それが日本ではクマムシと訳されている。
しかしこのクマムシ、とくにコケ産のほうは小さいながら驚異的な能力を持っている。それが「乾眠(かんみん)」と呼ばれる生態。乾燥すると代謝を最小限にし、極寒や酷暑等さまざまな極限状況での耐性を発揮するのだ。
実際、欧州宇宙機関が宇宙実験に連れていき、地球に戻ったクマムシがまたのそのそと動き出すことを確認している。そんなエピソードが広まり、「レンジ加熱にも耐える」「宇宙から生還!」など、地球最強伝説が生まれた。
しかし、そんな能力と裏腹に、見目姿はコグマのようでかわいらしい。まるで、眠れる森の美女、クマムシに魅せられて、そのナチュラル・ヒストリー(生活史)を記し続ける鈴木忠・慶應義塾大学准教授に話を伺った。
高井(以下、●印) 宇宙空間に直接さらされても生き延びたそうですが、クマムシって不死身の怪物なんですか?
鈴木(以下、——)そういう実験で一部が生き残ったのは事実ですが、決して不死身ではありませんよ。言えるのは、乾燥することで代謝を停止して樽のような状態に変わると、低温や高圧や放射線に対しても非常に高い耐性を持つということ。実際、乾燥させたクマムシを手紙に入れて送ったことがありますが、封筒から出して水を与えるともぞもぞ動き出すんですよ。巷で言われるように、樽状態ならレンジでチンしても大丈夫とも言われる。無意味な実験はかわいそうだと思うから、ぼくはできませんが。
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●先生は、そのクマムシをどのように研究しているんでしょうか?
——ぼくが主にやりたいのは、そういうスゴさの謎解きを含めたクマムシのナチュラル・ヒストリーです。クマムシにはコケ産や海産のものが確認されているけど、そういうクマムシがどういうふうに成長して、どのくらい卵を産んで、どんなものを食っているのか、というようなことです。
あと、オスがメスをどう探して交尾するか。そういう繁殖戦略がそもそもあるとしてだけどね。アフリカのサバンナで野生動物がどうやって暮らしているかを観察するようなことを、顕微鏡のなかでやっているわけ。