●名大では、昆虫変態に関する生理・生化学を研究されたとありますが、これはどういうものなんでしょうか?
——昆虫は変態をしますよね。卵から幼虫になってサナギになって成虫にがらっと変わる。これをコントロールするホルモンがどういうものかを研究しました。虫はもっぱらカイコ。カイコは昔から日本の重要な産業動物でたくさんいるから、その生態の研究は昔から需要があったんですね。
名大は大学院まで出て、その後、浜松医大に勤務しました。大学院のとき、たまたま運よく浜松医大の求人があって、面接に行ってみたら、通った。ラッキーでしたね。仕事としては、いまと同じで、1年生に教養課程の生物を教えるというもの。研究テーマは、それまでと全然違って、そのときの教授がやっていた関係で、糖脂質の研究となりました。
簡単にいえば化学的な発想にたった仕事だということ。ぼくにとっては、あまりやったことのない研究手法ばかりでした。機械を使って専門的に質量分析とか。脂質にある分子的多様性を調べるとか。生物の機能とかが直接わかるというような仕事ではなかった。医学部だしね。お医者さんの世界に近い感じだったかな。
●慶應義塾大学にきた当初は、どんな研究を?
――日吉キャンパスにきて2年近くは浜松でやってた研究を続けたんですが、ここでは設備の関係で大型機器で分析するという手法ができないんですね。研究対象を昆虫に替えたかったこともあって、コオロギの精子形成の研究を始めました。
コオロギを飼って、成長過程の中で精巣がどう発達するか、細胞の表面に現れた糖鎖がどういうふうに変化しているか、を調べました。だから浜松医大時代の研究とちょっとつながってはいたかな。こうしたテーマで論文を書き、博士号を取りました。
●研究は、ずっと順調だったんですか?
——そうではないんです。大学院の博士課程の時期なんか、ずっと研究していたテーマがうまくいかず仕舞いで、結構落ち込みました。
この頃は、昆虫を研究材料にしてはいるけど、昆虫採集とはまったくちがうことをやっていましたね。そういう意味で、おもしろくはなかった。いや、ほんとのところを言えば、大学3年で生物学科に行ってからは、ほんとにこれが自分のやりたいことなのか、と常に自問していました。研究と昆虫採集は違う。遊びと仕事が違うのと同じでね。ただ、ほかのことで何かやりたいことがあるのかと自問すると、それもなかった。当時は「すごくハッピー」とは言えませんでしたね。
●でも先生はクマムシと出会ってからはハッピーになったわけですよね。
——うん。そうかもしれませんね。クマムシを最初に知ったのは大学1年のとき。『海岸動物』(保育社、1971年)という本で見ました。クマムシについて書かれていたのはたった9行ですけど、載っていたイラストが異様で心に残りました。