「桂木さん、安倍政権の一連の内政外交の施策を見ましてね、私はもう少しこの国で税金を払っていこうと決めたんですよ」
目の前の紳士が穏やかに語る。この紳士は個人資産1000億円を越す大富豪だ。穏やかな語り口とは裏腹に、この紳士の言葉の重みに私は震撼していた。個人所得と彼が支配する企業に課せられる税金は莫大で、私のようなサラリーマンの払うそれとは比べものにならない。
この国を見限ることを真剣に考えていた
だが、彼が持つ票も私が持つ票も同じだ。だからこそ、税金の使い道に対する見方は当然に厳しい。使い道だけではない。自分の財産を守り子供達への資産承継に一番貢献できるのは誰か、彼はそんな目で政治家個人の能力やその集合体としての政権を見ている。安倍政権の政治を見てこの国でもうしばらく税金を払おうと決めたということだが、その前の政権ではこの国を見限ることを真剣に考えたということなのだ。自公が圧勝した今回の結果をみて、この紳士はさぞ安堵していることであろう。
さて今から3カ月ほど前、パナマ文書が世界を揺るがした。富豪と呼ばれる人々が、多額の蓄財を税金のかからないタックスヘイブン(租税回避地)に置くことによってますます富を増やしていた構図が明らかにされたのだ。大手の金融機関には、プライベートバンキングという部署があり、プライベートバンカーと呼ばれる連中が富裕層個人やそのファミリーの資産運用の助言をしている。有価証券、不動産、金、時には絵画まで、世界には様々な投資対象物がある。お客様の求めるリターンと許容できるリスクの水準に応じて、投資対象物をアドバイスするのが仕事だ。
投資のアドバイスと同様に大切なのが、節税のアドバイスだ。投資に関わる税金の最小化は投資家全ての共通のニーズだ。脱税ではない。合法な中でいかに税金支払いを最小化するかがプライベートバンカーの腕の見せ所なのだ。世界中の金融機関の英知の結集が、パナマ文書で暴露されたようなタックスヘイブンを活用した投資ストラクチャーなのである。
タックスヘイブンに資産を移すことを、キャピタルフライト(資産逃避)という。当然、自国の課税当局からしたら許しがたい行為であるが、違法でない限り罰することはできない。キャピタルフライトを防ぐ規制を作れば、必ず抜け道を造って別のやり方で逃げていく。いたちごっこは続く訳であるが、冒頭の紳士のような富豪が日本から逃げていくこと自体、国に取って大きなマイナスである。
金持ちからふんだくればいい、という発想は大衆迎合的でどこかの政党が言いそうな事であるが、その結果として大規模なキャピタルフライトが発生すれば、残された人々が苦しくなるのだ。冒頭の紳士の肩を持つ訳ではないが、高額納税者が納得して税金を払い続けられるような政治、それを今回当選した先生方にはよく理解して実践してほしいものである。