それから歩いて、浜離宮に行った。
将軍家の別邸だった浜離宮でも、すれ違う客は日本人より外国人の方が多い。
中島の御茶屋でフランス語を話す観光客らと抹茶(Aはお代わりした)を飲んだ後、堀に面した松の木陰で一服した。どこか懐かしい風景で、松林を抜ける風も心地よい。
「あれは、ボラじゃないかな」
水面で魚が跳ねたので、私はAに言った。
「ジイちゃんの故郷でもよく見たよ」
「故郷ってどこ? ふーん、境港?」
今回は孫を送り出す前に息子から、「Aはそろそろ思春期だから会話の内容に気をつけてね」と言われていた。けれども自分の子供時代の話なら何も問題はないはずだ。
タイワンガザミ
「ジイちゃんの故郷も海辺のこんな石垣の町で、夏休みの朝は、金だらい一つ持って家から海岸へ走るんだ。金だらいは金属製の桶みたいな洗面器。なぜかといえば、カニを獲る船が戻ってきて余ったカニをくれるから」
「ジージは何年生だったの?」
「小学校1年か、2年。石垣の竹竿にカニ網を張ってカニを外すんだけど、簡単にハサミや脚がもげる。すると市場に出せないから近所の人にくれるんだ。背伸びして、金だらいを突き出すと、たまに脚以外に、胴体のあるカニも投げ込まれていて、金だらいの中でガシャガシャ動く。嬉しくてね、家に持って帰ると、母親がすぐ茹でてくれる。鮮やかなオレンジ色に変わり、すごくおいしいんだ」
「さっき見たようなカニ?」
「いや、あれは冷凍のズワイガニ。海の深い所にいるカニで昔は獲る方法がなかった。ジイちゃんの言っているカニはタイワンガザミ。ワタリガニの一種だけど鮮やかなブルーで、味はカニのなかで一番いい。境港ではアオデって呼んでいた。今は海が汚れてほとんど獲れないけど、昔はいっぱい獲れたんだよ」
「ふーん。いつか、僕も食べてみたい」
「そうだね、いつかね」
またポシャンと、ボラが跳んだ。