チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年11月22日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

経済発展から取り残された人々の怒りに注目

 これを踏まえた上で中国がトランプ現象をどうとらえたかを見ていきたいのだが、日本ではあまり取り上げられない視点として、中国がトランプという個性以上にトランプを押上げた米国民の怒り、なかでも経済発展から取り残された人々の怒りに注目していたと考えられる視点に触れてみたい。

 例えば、トランプ当選を伝えた直後の『人民日報』の記事、〈驚きと呆れ! トランプ大統領が現実に このことが意味することは?〉だ。少し長いが、記事を引用しよう。

 〈(前略)前回、大統領選に挑んだヒラリーは彼女個人であった。しかし今回、彼女はアメリカの伝統的な政治エリートの理念やその権威を背負って大統領選を戦った。つまり、トランプはヒラリーに勝ったのではない。共和党内部にはじまり全米にまで広がる政治エリートという一つの層を打ち破ったのである。(中略)トランプは選挙戦のスタートからアメリカの主要メディアとエリート層からの蔑視にさらされた。そのため彼には、ビッグマウスで異端な考えをまき散らす人物、何をしでかすか分からない人物といった印象が植え付けられた。そんな人物が現実に大統領になったということは、アメリカの伝統的な政治秩序に大きな問題が起きていることを意味している〉

 ワシントンのエリート層に冷や水を浴びせかけた米国の地殻変動――。中国がこれに注目したことは間違いないが、それは意外にも対岸の火事という視点からではない。

 なぜなら「格差により国民が分断される」とか「発展から取り残された国民の怒り」といった社会不安への警告は、中国ではアメリカ社会で広がるよりはるか前に持ち上がっていた悩みで、筆者も散々使ってきた。

 違いがあるとすれば、アメリカで怒る労働者が中産階級からのドロップアウト組であるのに対して、中国では中産階級にもなれなかった出稼ぎ労働者だということだ。

 違いの理由はアメリカの経済発展が先行していたためだ。先行者は長く大きな経済発展の時期を謳歌することができる。それだけにアメリカでは、一旦は幸せで巨大な中間層を国内につくりだすことに成功したのである。

 資本主義世界の生み出すこんな「青春時代」は、発展が後発になればなるほど短くなるのが宿命だ。事実、いま高速発展の入り口に立ったばかりのバングラディッシュは、もうすでに賃金の上昇による工場の流出が大きな悩みになりつつある。

 アメリカでトランプを押上げたラスト・ベルトの労働者は、いってみればわずか10年の「春」を謳歌した後に、いまリストラの嵐の中で苦しむ中国の東北三省の国有企業の労働者と同じだ。

 そして中国は、「青春時代」のうちに中間層まで押し上げられなかった労働者の怒りを受けて、2012年から中国を集中治療室に入れるという選択をする。温家宝が「もう一度文化大革命が起きる」といい、胡錦濤が「亡党亡国になる」と警告した年のことだ。

 これと同時に中国共産党は、習近平に権力を集中し、資本主義と西側的な民主主義と距離を置いたのである。

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