大学はモラトリアム期間?
筆者は上西議員の主張をまったく理解できなかった。教育の機会はなるべく公平に与えられるべきであると思っている。昔のように右肩上がりの時代ではない中、新卒で数百万円の「借金」を背負うのは非常に酷なことだと感じる。
それにしても、上西議員とユーザーとのやり取りはかみ合っていないこと甚だしい。この解離は何なのだろうか。上西議員は一体何を考えているのだろうか。彼女の主張に賛同はしたくないが、思考の経緯を理解するための一手段として、ある30代男性と話をしてみた。彼は「上西議員の言うことはもっともだ」と感じているという。
以下は私と彼の対話の一部だ。
男性「日本の大学生の8割は、ただのモラトリアム期間を買ってるようなもの。なくてもいい」
筆者「それはあなたの推測では。最近の大学は以前と違い、教育の水準が上がっている大学も多いと聞く」
男性「大学に行かないと専門的な勉強ができないというのがそもそも偏見。本もあるしインターネットもある」
筆者「どのように学ぶかの選択肢があるのは悪いことではない。独学では限界を感じることもある。また、大学へ行くことで可能性や選択肢が広がる」
男性「選択肢が増えるというのは疑問。たとえば30歳まで好きな働き方で生きようとある個人が考えたとする。大卒なら8年、高卒なら12年。高卒の方が期間が長い分、様々な選択肢を過ごすことができる」
筆者「社会経験でしか学べないものもあれば勉学でしか学べないものもある。勉学を選びたい人が、努力すればその可能性を持てる社会である方が良いと思う」
ちなみにこの男性は大卒ではない。10代の頃からアルバイト含め複数の仕事をこなし、貯めた資金で事業を興している。その経験があるからこそ、彼は「学歴がなくても努力すれば何とかなる」と言う。上西議員のようにお嬢様ではないが、彼のような経歴を持つ人が「自分は努力して成功したのだから、他の人もそうできるはずだ」と断言することは往々にしてある。