2024年4月15日(月)

パラアスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2017年2月1日

練習を積めば積むほど強くなる実感と追われるプレッシャー

 「最善を尽くしました。全力を出し切って戦えるレベルにはもっていけたと思っています」

鹿沼由理恵さん(撮影:筆者)

 そう言ってから、言葉を探すように話し始めた。

 鹿沼は2014年7月ワールドカップのロード・タイムトライアルで銀メダルを獲得し、直後の世界選手権ロード・タイムトライアルでは初優勝を飾った。その頃までは練習を積めば積むほど強くなっていく実感があった。自身の成長に伴う結果が嬉しかった半面、世界選手権優勝以降、「日の丸」の重圧を感じるようになった。それは周囲の期待の大きさでもあり、追われる立場になったプレッシャーでもある。

 「世界選手権の優勝後は自分の中でいろいろなものが変わっていきました。一度『世界』で優勝してしまうと、勝ち続けるしかないというプレッシャーに襲われたのです。楽しさも喜びもなく、日の丸の重さだけを感じるような時期がありました」

 「負けてしまったら、全てを失ってしまうんじゃないかという恐怖に近い不安です。もちろんそれ以前にも日本代表であるという意識はあったのですが、勝ってからはそこに想像を超えた重みが加わったのです」

プレッシャーからの解放
失ったものと得たもの

 勝たなければならない。優勝しなければ周囲の期待に応えられない。そんな思いが膨らんでいくなか、鹿沼はリオの前年、予期せぬアクシデントに見舞われた。

 「修善寺(日本サイクルスポーツセンター)の5kmコースで、下りから左コーナーに入るところで転倒してしまい、外傷性くも膜下出血と鎖骨と肩峰を骨折、左に倒れたので左半身がひどい擦過傷に……。でも転倒したときに頭を打っていたので記憶に残っていませんでした。幸いにして転倒した記憶がないので、恐怖心も残らなかったのです。それが救いでした。もしも転倒時の記憶があれば、こんなシーンでこけたんだ、という恐怖心からトラウマになってしまったと思うんです」

 「ケガは治りますが、トラウマは治そうとしてもなかなか治すことができないですからね。怪我だけで良かったと思っています」

 クロスカントリー時代にもケガに泣いたことがあった。再び試練が訪れたのである。だが、この期間が鹿沼を大きく変えた。


新着記事

»もっと見る