もしも、あのタイミングで怪我を負わなければ練習の数値化も心理サポートも受けなかったのではないだろうか、以前のままの練習を継続していたのではないだろうかと鹿沼は振り返る。
「リオの直前には、呼吸への意識とトラック1周のイメージをひたすら行うことによって、実際のタイムも縮まっていきました。私の場合は、『私はやれる!』とか『勝てる!』という言葉を使うと、力んだり、縮こまったりして逆の結果に繋がりやすいので、ひたすら自分と向き合うというトレーニングが自分に合っていたと実感しています」
良い距離感で自立したチームワークに
健常者の田中と視覚障害者の鹿沼による二人乗り自転車のパラサイクリング・タンデム競技は、前にパイロットと呼ばれる健常者の田中が乗ってハンドル操作やブレーキ操作を行い、後部の鹿沼はストーカーと呼ばれ自転車に強力なパワーを伝える役割を担っている。ちなみにストーカーとは、蒸気機関車に石炭をくべる火夫という意味である。
二人が初めてペアを組んで出場したのが2013年カナダで行われたロード世界選手権。以来、怪我なども含め半年ほど離れたことはあったが、二人で国際大会を戦い続けた。
自転車競技はスピードとパワーに溢れる世界だが、チームワークという点では言葉以外にも繊細なコミュニケ―ションが勝敗を左右する要素となる。
「最初はお互いが気を遣い合って練習中も遠慮しながらやっていたような気がします。たとえばカーブの入りの体重移動で気づいたことや、相手にしてほしいことがあっても、気を悪くするんじゃないかと口に出せなかったり、自転車を降りてからも近くにいた方がいいのかな……、なんて考えて落ち着くこともできませんでした。長い間、お互いがそんな思いを持ったまま練習をしていたのです」
海外の選手たちは競技中でも前と後ろで言い合っていることが多いというが、日本人らしさなのだろうか、鹿沼達は必要以上に相手へ気を遣ってしまい、けっして良いとはいえない影響が出たようだ。
だが、お互いを思う気持ちというのは規律や自立した関係が構築できれば、強固なチームワークの基になるものだ。
「ふとした言葉がきっかけで、遠慮していてもタイムが縮まらないことにお互いが気づいて、言い合えるようになってから、ぐっと二人の距離が縮まったように思います。そして『私は田中まいとリオの表彰台に上りたい』と伝えました」
「今では練習のこと以外ではお互いに干渉しない関係にあります。話したいときは話すし、話したくないときは話さない。その干渉し合わない距離感を保って時間を過ごしています。お互いに自分のペースでやった方がコンディション作りのためにも良い結果を生みました。時間は掛かりましたが、その関係ができてからは練習中のコミュニケーションがよくなったと感じています」