2024年12月6日(金)

安保激変

2017年7月13日

 2016年7月12日、南シナ海をめぐる中国との紛争に関して、フィリピンのアキノ前政権が2013年に国連海洋法条約(UNCLOS)に基づいて開始した仲裁手続きに判断が示された。判断内容は中国の「九段線」に基づく中国の歴史的権利の主張を認めず、フィリピン側のほぼ全面勝利となった。

(写真:AP/アフロ)

 あれから1年が経ったが、中国は仲裁判断を「紙くず」とみなし、これを受け入れていない。この間、中国は南沙諸島の人工島には航空機の格納庫やレーダーを整備し、地対空ミサイルを配備する施設も完成させた。いずれはミサイルや戦闘機が配備され、中国は南沙諸島からフィリピン本土を攻撃できるようになる。

 しかし、アキノ大統領の後を受けたドゥテルテ大統領は、中国との経済協力を重視し、中国との二国間対話やASEAN関連の国際会議で仲裁判断に言及することを避けている。フィリピンは今年のASEAN議長国であり、秋には東アジアサミットをホストするが、フィリピンは南シナ海問題で中国を刺激することを避けると見られている。

 日本は国際会議の場で仲裁判断の重要性を各国に働きかけている。また、米国は、仲裁判断で領有の対象とはならない低潮高地(満潮時に水没)とされたミスチーフ礁周辺で2017年5月に航行の自由作戦を行い、中国が同礁の領有を主張していることを認めないことを示した。

 しかし、当事国である中比は、仲裁判断を事実上棚上げしているのが現状だ。このため、中国は、当事国以外が口を出す問題ではないと日米に繰り返し警告している。

 このまま、仲裁判断は効果を生み出さないまま忘れ去られ、中国は南シナ海で傍若無人の振る舞いを続けるのだろうか。その答えを出すには、仲裁手続きそのものを振り返る必要がある。

多くのメディアや専門家が
事実を間違えて伝えている

 まず、今回の仲裁裁判について、多くのメディアや専門家が「常設仲裁裁判所」による判決としているが、事実としても間違いであるし、中国が海洋法秩序に対して挑戦していることを過小評価することにもつながりかねない。今回の仲裁裁判で、常設仲裁裁判所は「裁判所書記局」、つまり事務局の役割を果たしたに過ぎない。常設仲裁裁判所は1899年の第1回ハーグ平和会議に基づいて、ハーグの平和宮に設立されたが、「常設」と呼ばれるのは、平和宮に裁判所裁判官の名簿が常備され、事務局が常置されるからだ。中比の南シナ海仲裁裁判は、UNCLOS附属書VIIに基づいて設置された仲裁裁判所が、平和宮で常設仲裁裁判所の事務局の支援を得て行われたのである。

 UNCLOSでは、同条約の解釈と適用に関する紛争が発生した場合、まず当事国同士が交渉などを通じて平和的解決を目指すものとされている。これによって解決が困難な場合には、当該紛争は義務的手続きによる解決が図られることとなり、当事国は第287条1項に定められた(a)付属書Ⅵによって設立される国際海洋法裁判所(ITLOS)、(b)国際司法裁判所(ICJ)、(c)付属書Ⅶによって組織される仲裁裁判所、および(d)付属書Ⅷに規定する一または二以上の種類の紛争のために同附属書によって組織される特別仲裁裁判所、の中から手続きを選ぶことになる。

 当事国同士がどの義務的手続きを用いるかについて合意できない場合は、第287条5項に基づき、付属書Ⅶによって組織される仲裁裁判所が用いられる。今回の中比仲裁裁判はこれに当たり、上記第287条1項が示す「付属書Ⅶによって組織される仲裁裁判所」とは別の枠組みだ。つまり、フィリピンによる仲裁手続きは、二国間交渉でもうまく行かず、第287条1項で定められた義務的紛争解決の手段を中国が拒否したため、文字取り最後の手段として第287条5項に基づく強制的な手続きが行われたのである。


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